2018年7月16日月曜日

ベビーパウダー2

今日の練習で、アゴだけでなく尺八側のこの面にもベビーパウダーを塗っておくと、汗の滑り止めがより持続するらしいことが分かりました。

15分くらいは持ちそうです。猛暑下の環境では試してませんが…

※写真のブルーはベビーパウダーではなく、アプリによる着色です、念のため…


2018年6月26日火曜日

「アゴあたりの汗問題」解決へ向けての仮説

ここ数年の僕の悩みのひとつが、「アゴあたりの汗問題」すなわち、夏の演奏中に汗をかいて、尺八とアゴの接点(アゴあたり)がズルズルになり、音が出なくなるという問題でした。尺八はエアリード楽器のため、歌口に適切な角度で息のビームが当たり続ける必要があり、そのためには適切なポジションのアゴあたりが演奏中にキープされ続けなければなりません。しかし僕は汗かきのため、上記のような問題が発生してしまい、特に演奏時間の長い楽曲などで苦戦を強いられてきました。



そこで昨年思いついたのが「ベビーパウダー作戦」で、演奏前にアゴあたりにベビーパウダーを塗っておき、ズルズルを防ぐというものでした。この作戦で「而今の会」の『笹の露』に挑んだのですが、残念なことに10分くらいはもつのですが、中盤よりベビーパウダーの下から汗が染み出してきて、結局元の木阿弥になってしまいました。急遽、大庫さんからお借りした「両面テープ作戦」を思いつき、アゴあたりに両面テープを貼って固定(!?)という荒技に出たのですが、結果的にはこれも汗がしみると粘着力が低下してダメでした。『笹の露』では、「長い掛け合いのときにサッと汗を拭う」という、非常に原始的な作戦でなんとか最後まで乗り切りました



さて、いよいよ今年も夏がやってきました。「アゴあたりの汗問題」がトラウマになって、梅雨時期にしてはやくも練習中はクーラー全開です。そういう状況の中、夏のエアコンなしの会場での演奏機会にも備えなければという心の声も去来していたのですが

本日、思わぬところから、解決の糸口になりそうなヒント?がやってきました。それは「二尺」です。



Facebookの投稿では詳しく書いたりしたのですが、簡単に言うと一番最初の都山流の師匠、故・来田笙山師の遺品の二尺(都山管ですが)で最近『融』の練習をしていたのです。で、二尺を吹くと調子がいいので今日も練習の冒頭は二尺を吹いていたのですが、その時のアゴあたりのフィーリングが、いつもの吹料の八寸よりも「うすく」感じられたのです。そして、そのフィーリングで八寸を吹くと、なんだか吹きやすい!!

どういうことなのかなと考えながらあれこれ吹いてみたのですが、その結論として、アゴあたりを「面」として捉えるのではなく、内径のアゴあたり側を「エッジ」のように「線」として捉え、ナイフの刃先がアゴに接しているかのようなイメージを持てば、多少汗ばんでも音出しのフィーリングが変わらない、という仮説に行き着きました。

つまり、尺八がアゴに接している部分が、



から



へと変化したようなイメージです。


おそらく、「面」で接地場所を認識するよりも、「線」で認識したほうが、歌口と口の穴との位置関係がより一層精密になるのではないかと思うのです。


これはあくまで、今日までの段階で得た仮説なので、これから暑い場所で汗をかきながら吹く練習なども実際に行いながら、試行錯誤していきたいと思います。



ネットなんかで検索しても、なかなか尺八の「アゴの汗対策」なんて、載ってないんですよね。

2018年5月12日土曜日

YouTube演奏動画を投稿してわかったこと

おかげさまで、YouTubeにアップした動画のうち、昨日(5月11日)に「六段」が、本日(12日)に「web尺八セミナー・黒髪」が、視聴回数1万回を突破しました。
視聴してくださった皆様、本当にありがとうございます。



さて、それを記念して…というわけでもないですが、僕がYouTubeに尺八の古典曲をアップし始めて気付いたことを、ちょっと話題にしてみたいと思います。


まず、僕がアップした楽曲については、以下のようになっています。

1、「web演奏会」(最初期)
まだ「演奏動画」ではなく、「演奏録音に写真を貼り付けてスライドショーにしたもの」です。自宅で演奏できなかった時代に、演奏をYouTubeにアップしようとして作りました。
曲目:一二三鉢返調、虚空鈴慕、鹿の遠音、夕暮の曲、六段本手替手合奏

2、「web演奏会」
琴古流本曲全曲を10分程度に抜粋して収録した「10分で琴古流本曲」シリーズと、外曲を数曲、素吹き(尺八のみ)にて演奏しました。
曲目:琴古流本曲全36曲、六段、八千代獅子、千鳥本手替手、岡康砧、さらし、茶音頭、末の契

3、共演者との演奏動画
筑前琵琶との合奏、都山流尺八奏者との「夕顔」の吹合せ、「鹿の遠音」等の琴古流奏者同士の共演など

4、ライブ映像
虚空鈴慕、鹿の遠音、真虚霊等

5、ジョイントweb演奏会
小鳥の歌(宮崎紅山さん)、秋の七草、千鳥の曲(大庫こずえさん)、黒髪(東啓次郎さん)、鹿の遠音(中村 建さん)

6、その他
ラジオ体操、福田蘭童曲、web尺八セミナー、古典本曲・鈴慕…



これらのうち、平成30年5月12日現在で視聴回数ベスト3が、

1、六段(素吹き)10,054



2、web尺八セミナー「黒髪」10,010



3、ジョイントweb演奏会「千鳥の曲」(大庫さんと)9,520

となっています。


続いて、
4、八千代獅子(素吹き)4,231
5、一二三鉢返調3,329
6、ジョイントweb「黒髪」(東さんと)2,435
7、夕顔(猿渡伶山さんと都山・琴古吹合せ)2,169
8、ジョイントweb「秋の七草」(大庫さんと)1,610
9、滝落の曲1,600
10、ジョイントweb「小鳥の歌」(宮崎さんと)1,596

以上がベスト10です。

ちなみに、「視聴回数1000以上」は、この他に

六段本手替手(スライドショー)1,247
秋田菅垣1,161
鹿の遠音(スライドショー)1,145
九州鈴慕1,040
がありました。




さて、これらの楽曲には、公開してからの時間差があり、視聴回数だけでは単純に考察できないところもありますが、それでも傾向として読み取れることがあると思います。


まず、「本曲よりも外曲の方が見てくれている」というのがあります。
それから、「ジョイントweb」などの「共演もの」は視聴回数が伸びる傾向があるようですね。

そして何よりも、ズバリこの結果から言えることは「初傳曲の有名曲で、みんながよくやる曲が視聴回数が多い」ということが言えるのではないでしょうか。


その理由は、やはり「音源」としての利用が最も多いからなのではないでしょうか。奏者の心情としては複雑なところですが、どうしても三曲の古典は「鑑賞対象」というよりも、「やっている人のための音楽」なんですね。それは、以前の記事「「日本版パトロン制」としての家元制度」に述べた考察とも関連すると思います。

つまり、「尺八の古典をやっている人」の中で、最も演奏される機会が多いのが「初傳の有名曲(六段、千鳥、黒髪…)」であるため、それらのアクセスが多いというわけです。すると、本曲の中で「一二三鉢返調」が最も視聴回数が多いというのも、うなずけますね。本曲の中で最初にやる曲ですから。


あと、それ以外に気付いた点としては、以下のようなものがありますので、箇条書きにしてまとめておきます。

・演奏音源に写真をつけたものよりも、奏者自身が演奏している姿が映っている動画の方が視聴回数が増える。
・一人で多重録画した「本手・替手」合奏は、あまり視聴回数が伸びない。
・普段着の着物だと、紋付よりも視聴回数が落ちる。
・公開日は平日、それも木曜日あたりが、視聴回数が増えやすく、土日だとそこまで伸びない(「リアルが充実」しているときはあまりYouTubeを見ないため?)。同じ理由と思われるが、年末年始もあまり視聴回数は伸びにくい。
・ひと月に2回以上の動画公開をすると、新鮮味がなくなって視聴回数が伸びない。
・琴古流本曲の中で視聴回数が伸びやすいのは、一二三鉢返調、滝落の曲、秋田菅垣、古伝三曲、夕暮の曲、巣鶴鈴慕、三谷菅垣、鹿の遠音。…やはり、人気曲が伸びますね。

2018年5月6日日曜日

虚無僧の天蓋と、「鈴慕」の曲

GW帰省の折、実家の倉庫に片付けていた、学生時代の虚無僧の天蓋、袈裟、偈箱を探し出し、持ち帰って来ました。



大学1〜2回生の頃、熊本市在住の西村虚空先生にお習いしていたことがあり、古典本曲のお稽古とともに天蓋、袈裟、偈箱の作り方を教えて頂き、自分で実際に作って虚無僧行脚に出かけたものでした。夏休みを利用して九州を一周したこともあります。

虚空先生は、2回生の冬に米寿を目前に亡くなってしまい、僕自身は琴古流の道に進んでいったため、大学卒業後は「封印」していたのですが、実家に帰って探し当てたのをきっかけに「やはり手元に置いておこう」と思い、田主丸まで持ち帰って来ました。さすがにもうこれから虚無僧行脚をすることはないと思いますが、自分自身の歴史の1ページですし、「尺八本曲といえば虚無僧」なので、ライブ会場などのディスプレイくらいには使えるかもしれません。ちなみに天蓋は熊本県八代産のイグサ、袈裟は酒を濾すのに使う絞り布、偈箱は虚空先生のお宅で頂いたそうめんの箱が材料です。偈箱の文字は、虚空先生に書いて頂いたものです。




心配していた通り、天蓋が結構へしゃげてしまってました。これは畳表の材料であるイグサを編んで作っているため、使わずに保管しているとどうしてもそうなってしまいやすいのです。ただ、水をかけて形を整え、乾燥させると形が復活するらしいと聞いたことがあるので、試してみました。






「復元作業」の日は晴天にも恵まれ、どうにか往時の丸みを帯びたフォルムを取り戻すことができました。

作り方を指導して下さった西村虚空先生には、貴重な体験をさせて頂き、心から感謝しております。
「琴古流に専念」との思いで封印しておりましたが、最近は手持ちの文物や情報などは出し惜しみせずどんどん出して、沢山の人に見てもらわないとという思いに変化し、これらもいつかライブ会場などで実際に間近で見て頂くことができたらなどと考えております。




それから、西村虚空先生に教えていただいた古典本曲「鈴慕」を、もう一度吹いてみました。


虚空先生からは7曲の古典本曲を教わったのですが、そのうちでもこの「鈴慕」の曲は格別に大好きで、7曲の中でも特に詳細に手の技法を記録した譜面を自作して持っていました。
琴古流の道に進むにあたって、自分の中でも色々考えてこちらも「封印」していたのですが、この曲だけはその旋律が心から離れず、九州に戻ってきてから時々思い出したようにたまに吹いてみたりしていました。ただ、虚空先生に習った期間は2年ほどで、地無しの2尺6寸「虚鐸」は、結局理想の音が自分自身にもわからず、「曲は好きだけど吹き方がわからない」という混沌とした状態で自分の中にありました。そこが、継続してお習いすることができ、「山口五郎先生」という目標とすべき理想像が明確な琴古流本曲との違いでした。

ただ、曲自体は好きなので、色々迷ったのですが、自分自身が吹料にしている琴古流の1尺8寸で演奏してみました。ちなみに「鈴慕」以外の楽曲は、そこまで綿密な記録をしていませんでしたし、もう15年も前のことで、それ以降琴古流に気持ちを切り替えてしまったので、正直もう思い出して演奏できそうな気がしません。

吹き方や曲のイメージは、お習いしたときの記憶や譜面の書き込みに照らし合わせて、なるべくオリジナルに近いイメージにしていますが、なにぶん楽器が全く違うので、琴古流式の指づかいに所々変わったり、多少アタリが増えたりしています。


ちなみに、西村虚空先生は、この曲を浦本浙潮師から習われたということです。「浦本浙潮師は短い竹で吹かれていたのを、私が長管で吹くように変えた」との事でしたが、今度は長い竹でお習いしたのを1尺8寸に持ち替えて吹いたことになってしまいました。

2018年5月3日木曜日

「ネイティヴ琴古でない」からこそ

僕が12歳で尺八を始めたときにお習いした先生は、都山流の方でした。
それから18歳で大学に進学し、琴古流の道を志すまでの6年間、古曲も本曲も都山流の尺八で学びました。

都山流と琴古流では、技法や譜面などに大きな違いがあります。
古典の演奏で使う特殊技法は、それぞれの流派に特徴的な手がありますが、それらについては琴古流に移行したときに「新規」の技法として習得したため、特に大きな違和感はありませんでした。自分の中で最も困ったのは、実は「譜字」つまり指づかいに対する名称の違いでした。

尺八には基本的な指づかいが5つあり、そのうち4つ目までは両流派とも同じく「ロ、ツ、レ、チ」と呼びます。最初に習った都山流では、5つ目の音は「ハ」と呼んでいたのですが、琴古流では「リ」と呼ぶのです。初めて琴古流のお稽古に通ったときには、「都山のハ=琴古のリ」というのは知識としては知っていたのですが、いざ「リ!」と先生から言われると即座に反応できない自分がいました。

しかも、実はもっとややこしいことに、都山では乙(おつ=第1オクターブ)でも甲(かん=第2オクターブ)でも「ロ、ツ、レ、チ、ハ」と共通なのに対し、琴古は乙は「「ロ、ツ、レ、チ、リ」、甲は「ロ、ツ、レ、チ、ヒ」と、呼び方が変わるのです(指づかいもリとヒでは少し違う)。さらに、それら5つの音の次の「6つ目の音」があり、都山流では「ヒ」と呼んでいたのです。この都山の「ヒ」と、琴古の「ヒ(=リの甲)」を混同してしまう。さらにさらに、では琴古流では「6つ目の音」を何と呼ぶのかというと、「5のヒ」と呼ぶのです。…もうなんだか書くのもややこしいというか、尺八をやらない方にとっては何が何だかも分かりませんよね…

なぜこんな話題を出したかというと、僕はこの「譜字に慣れない」という戸惑いを出発点として、何度「ああ、最初に尺八を始めるときから琴古流だったなら…」と思ったか分からないのです。それは、琴古流を始めてから6年が過ぎ、もはや都山流を演奏していた時間の長さよりも琴古流のキャリアの方が長くなってきたときに、より一層そう思うようになっていました。どうしても、少年期に習った「最初の記憶」は、なかなか刷新されないのです。都山流から琴古流に移った人ならば察しがつくと思いますが、琴古流の古典的な要素に憧れて転門したこともあって、自分自身の中にどうしても「ネイティヴ琴古流」を羨む気持ちが根強かったわけです。



しかし、今思えば「都山流を勉強したことがある」というのは、自分にとって大きな財産でもあったわけです。最近、それを強く感じるようになりました。



一般的に「琴古流の方が古典の演奏に向いている」というイメージがあります。しかし、果たしてその認識を無批判に太鼓判を押して良いものか、僕は深く考えるようになりました。琴古流は、基本的に箏・三絃に「ベタ付け」です。「糸を邪魔しない」ともよく言われるのですが、要するにユニゾンなんですよ。僕は「ユニゾン」というものにも大変素晴らしい音楽的魅力を感じる場面も多く、決して同旋律であるから工夫がないなどという思いはありませんが、曲によっては「ああ、都山の手付けって、やっぱり都山ならではの工夫があるなあ」と思うことがあります。

その最たる例が「千鳥の曲」です。この曲は、もともとは胡弓の本曲だったそうですね。都山流の技法は胡弓の奏法にヒントを得ていることもあり、「千鳥」の手も中々に曲調にマッチングした面白い手付が多いです。「千鳥」は初傳曲のため、当然少年時代にまず都山流で習っています。そのときの曲のイメージで琴古のベタ付けを吹くと、あまりに箏本手の旋律のまんまなんですよ。「ネイティヴ琴古」を羨む気持ちから「…いや、都山には都山の工夫があるんじゃない?」という認識に変わるきっかけをつくってくれた楽曲です。


都山流に対する批判で多いのは「手がうるさすぎて糸を邪魔する」というものです。確かにちょっと一癖ある手が盛り込んである楽曲も多く、僕も違和感を感じる時は多いです。ただ、両方の古曲、譜面を経験した上で思うのは、手付のクセは確かにありますが、最大の都山流の問題は、「譜面に糸の手が書いていない」「そのため、本手に対して替手を吹いているという意識が薄い」ことにあると、僕は見ています(琴古流は、本手とは違う旋律のところは、糸の音が併記してある)。対して琴古流は、「ユニゾン」の要素が威力を発揮している時はいいのですが、悪い言い方をすると「無難」で、ソツなく破綻せず合奏が出来上がってしまうところがあります。アタリとかスリとかの技法で「味」が出しやすいので、そこまで工夫せずとも格好が決まりやすいのかもしれません。そういうところに慢心せず、自分自身の表現によってしっかりと「音楽的工夫」を創出して行きたいものです(別に都山流の手を真似したいという意味ではありません)。



フリーランスな琴古流尺八奏者に転じて、あらためて「都山流をやったことがある」という経験を持つことができたことに感謝の念を抱いています。都山と琴古でどっちがよいとか、そんなことでお互い競い合うようなことは、もう本当にやめたほうがいいと思います。琴古流はどうしても歴史が長いために、特に古典の演奏で長じていると感じやすいケースが多いように感じますが、僕は都山流の工夫で優れたところは素直に素晴らしいと感じたいなと思います。同時に、琴古流がそこまで「伝統的な優位性」を主張する裏には、圧倒的な都山流の尺八人口を嫌が上にも意識しているという面も見え隠れするように感じます。しかし…もう、尺八人口自体が激減していて、そんなことでライバル意識で張り合っている場合ではないですし、ともに仲良くしていったほうがいいんじゃないですか?僕は、そうして行きたいです。

2018年4月24日火曜日

「廃れる」のであれば…

「三曲」という音楽ジャンルを愛する者として書きますが、今後将来、三曲が再び以前のような(全盛期は昭和後期だそうですが)演奏人口や活況を取り戻すことが難しいのは、もはや誰の目にも明らかだと思うんですよね。

圧倒的な情報量を背景に、ありとあらゆる国の様々な音楽や文化を、自分自身で選択して楽しむことができる時代になったというのもありますが、「人気のジャンルも廃れるときが来る」というのは、何も邦楽に限ったことではないようで、とあるニュースに衝撃を受けています。

僕は邦楽以外に「ロック」という音楽が好きなのですが、ロックギター好きなら誰もが耳にしたことがあるであろう「Gibson(ギブソン)」というギターメーカーが、実は倒産の危機に瀕しているんだそうです。2018年に入ってから、各種メディアや個人のブログなどにおいても盛んに話題にあがっています。レッド・ツェッペリンのジミーペイジが弾く、あのレスポールに憧れた身としては驚きを隠せませんが、もはや「ロック」自体が若者に支持される音楽ではなくなってきていて、「若者のギター離れ」という言葉もあるんだそうです。ちなみに、Gibsonと双璧のギターメーカー「Fender(フェンダー)」社も、経営難だそうです。認めたくなくてもやはり「時代の流れ」というものは、確実に存在するんですね。

※Gibson社の倒産危機に関する記事やブログ等
https://www.huffingtonpost.jp/2018/02/19/gibson2018_a_23365835/
http://guitardoshiroto.blogspot.jp/2018/02/gibson.html

こういうことは何も現代に限ったことではなく、例えば邦楽の歴史上でも一節切尺八などのように廃絶してしまった楽器もあります。江戸時代中期に衰退してきた一節切を、文政の頃、神谷潤亭という人物が「小竹」と名を変えて復興運動を試みたそうですが、難しかったようですね。



もうこうなったら、我々邦楽奏者自身が「本当にいいな」と心から思う曲を、一緒に演奏したいと思う相手とともに、楽しんで演奏するほかないと思うんですが、いかがですか。僕ら自身が難しい顔をしていたら、もはや誰にも魅力的な音楽とは感じられないと思うんですけど…

2018年4月15日日曜日

「日本版パトロン制」としての家元制度

「なぜ日本の伝統音楽は、アイルランド民謡などのように、一般市民の生活の中に深く入り込んでいないのか」、そんな話題がネット上にありましたので、私見を述べてみたいと思います。


出典を失念してしまいましたが、僕が聞いた説明の中で最も腑に落ちたのが、「家元制度」とは、日本版のパトロン制度である、という見解です。

「パトロン制度」とは、ヨーロッパのルネサンス期などに、巨大な富を持つ王侯貴族が、自分の財政的・文化的な力を誇示する側面も込みで、お気に入りの画家や音楽家などを自分専属の「お抱え芸術家」として生活の一切を養いつつ、作品を作らせることですよね。

音楽に限らず、芸術のお仕事をされる方なら納得いくと思いますが、とにかく「芸術で食っていく」というのは難しい。かのモーツァルトも、自分を雇ってくれるパトロンを求めて、長い長い旅を続けたのだといいます。逆にパトロンに雇われると、その王侯貴族の依頼に応じて好まれる楽曲をかき、暮らすことができる。故に、モーツァルトの曲は、クラシックの中でもそんなに曲長が長くなく、明るく軽妙洒脱で耳に入りやすい楽曲が多いですよね。

しかし、日本の場合は、ヨーロッパのような圧倒的に巨大な富を持つパトロンが芸術家を囲うようなスタイルにならなかった。その代わりとして生まれたのが家元制度だといいます。つまり、「芸術家(家元)」を沢山の門人が分担してお月謝や会費、免状代などで支えるような形態が出来上がったわけですね。



そういうスタイルだと、芸術家は門人に楽曲を「伝授」することによって、この体制を維持することになります。つまり、門人が「勉強し続ける」ための楽曲が必要なわけで、魅力的な曲であればあるほど「秘曲」として中々教えてくれなくなり、また奥の曲ほど曲長も長く、曲調も難解に。「味」を出すのも難しく、長い修行を経ないと曲の雰囲気が出ない、ということになってしまいます。地歌箏曲でも尺八本曲でも、長い曲だと一般人の自然な集中力では鑑賞が難しいほどの長大な楽曲が存在します。また、「この曲の良さが分かって一人前」みたいな、難解な「奥の曲」なども存在するようになるわけです。

もちろん、僕はそうした「奥の曲」を否定しているわけではありません。そういう曲の中にも、純粋に音楽的に大好きな曲が、数多く存在します。地歌箏曲の「八重衣」などは、全曲を通すと30分に迫る大曲ですが、あれだけ長いのに曲中の全ての旋律が光り輝いていて全く飽きが来ず、あっという間に時が過ぎていくのが信じられないくらいです。しかし(純粋に技術上の難易度の高さもありますが)、その「八重衣」を習うためには、長い修行を積んで奥の奥まで行かねばならない。例え習ったとしても、若いうちや、まだ習って月日を重ねないうちは「本物でない」ということで「お勉強」を積み重ねることになる。そうすると、とてもとても一般市民がその素晴らしさをあまねく味わえるような共通の文化的財産とはなりにくいわけです。

僕自身も、そうした難しい曲を弾けるようになるためには、長い修練が必要なのは間違いない事実だと思います。そしてそれは、邦楽に限らず、様々な音楽ジャンルどれをとっても共通だとは思います。しかし、上記の「日本版パトロン制度」を成り立たせるためには、「いつまでたってもお勉強」がセットになってしまうんですよね。「自分が弾きたいように弾けるための努力」という面を通り越した、「勉強」そのものが目的になってしまった「お勉強」。そういう一面が嫌いなわけではないのですが(そして僕自身もそういう価値観を大切に修行を重ねてきたわけなんですが)、正直それが現在の邦楽界の人口減(特に古典系)に関係してしまっているのは否めないと思います。



尺八本曲の「鹿の遠音」、箏曲「千鳥の曲」など、純粋に音楽として旋律も美しく、曲の構成や作曲の工夫に目を見張るような名曲も沢山あります。また、先程話題にあげた「八重衣」などは、三曲の演奏家でなくても、その音楽的価値を味わえる可能性を十分に持っている楽曲だと思います。折角そういう素晴らしい財産が数多くあるのにも関わらず、現代という時代に合わずに廃れていってしまうのは、あまりに勿体無いと僕は感じています。現代は、身の廻りに魅力的な文化が満ち溢れているだけに、そうした音楽的な魅力をストレートに感じてもらえるような工夫が急務だと考えています。

2018年4月13日金曜日

平成30年春、ブログタイトル刷新

美しい春の景色に、心がなごみます。

田主丸町内から南の方角を眺めると、「屏風山」とも呼ばれる耳納連山の美しい山肌が一望できます。
水田が一面ピンク色に染まるレンゲ畑もきれいですね。



さて、この平成30年春、自分の尺八演奏活動に関しまして、大きな転換期となりました。

そこでブログ名も、これまでの「尺八稽古帳」から、「尺八音楽考」へと変更しようと思います。


「お稽古」「お勉強」としてではなく、「尺八音楽とは、一体何なのか」「その音楽的価値とは」…など、これまで議論・提唱されてきた認識からさらに一歩踏み込んで、山口の感じた、自分自身の感性や言葉で発信して行きたいと思います。

ここ数年、そうした話題はFacebookでまずは公開という流れだったのですが、しばらくFBは休憩し、少しゆったりしたマイペースでブログの方で更新して行きたいと思いますので、もしよろしければどうぞお付き合いの方、よろしくお願いいたします。

2018年4月11日水曜日

本名

私事ですが、この度私は、竹盟社師範及び竹号「籟盟」を返納させて頂き、今後は本名「山口 翔」として活動させて頂くことをご報告致します。

一個人という立場で、尺八本曲や三曲合奏を純粋に「音楽」として楽しんでいけるよう、オープンなスタイルで活動して行きたいと思います。

今後とも一層精進して参りますので、何卒よろしくお願い申し上げます。



琴古流尺八奏者 山口

2018年3月29日木曜日

【web演奏会】10分で琴古流本曲「寿調」

49回山口籟盟web演奏会【10分で琴古流本曲(36)「寿調」】
ふだんなかなか耳にする機会のない琴古流尺八本曲を、聴きやすい「10分程度」の演奏でお届けするシリーズです。

『三浦琴童譜』(正式には『三浦琴童先生著拍子、記号附 琴古流尺八本曲楽譜』)の1曲目を飾るのは「一二三鉢返寿調」です。これは、「一二三調」「鉢返」「寿調」の3曲が合わさった曲になります(正しくは、それに「竹翁先生入レコノ手」が加わる)。「一二三調」と「鉢返」は、曲の最後の旋律が共通しているので、「一二三調」の途中まで演奏した後に先に「鉢返」を吹き、最後に2曲の重複した終末部分を演奏するということのようです。これが所謂「一二三鉢返調」で、その「鉢返」の終わりの重複部分になる寸前に「寿調」を挿入したのが「一二三鉢返寿調」ということになるわけです。

文章で書くと、何が何だか判りにくくなってしまうのですが、要するに現行では「一二三鉢返調」という10分程度の2曲合体演奏が一般的になっているわけですが、『三浦琴童譜』においてはプラス「寿調」で、3曲合体の「一二三鉢返寿調」という譜面になっているわけです。しかし、実際には「一二三鉢返調」として演奏することが殆ど(というよりもほぼ全て)なので、「寿調」だけ取り出して「1曲」扱いすることが多いようです。

三浦琴童譜の注釈には「以下寿調又長調トモ云フ」とありますが、この「長調」という曲名は、『琴古手帳』の「当流尺八一道之事 十八条口伝」や「細川月翁文書」の『尺八曲目ケ条之書』に「一、長しらべをふく事」と出てきます。月翁文書の『尺八曲目ケ条之書』においては、付け紙に「初代琴古工夫して吹出す也 息気竹に和し候上ならでは何(いずれの)曲も吹かたし 何曲を吹とても前に是を吹て息気竹に和し其上にて曲を吹 為に設曲によりて吹仕廻の跡に入る音に伝あり」とあり、初代琴古が曲を演奏する前のウォーミングアップとして吹くように設定していたことが推測されます。この初代琴古の「長しらべ」と全く同一の曲なのかはわかりませんが、性質として「前吹」としての役割を持つ「調べ」であるならば、「一二三鉢返調」と統合されて伝わったとしても納得のいく由来の曲です。

私事ですが、お恥ずかしい話ながら、私自身関西での修行時代末期にお習いして以来、この「10分で」シリーズのために練習を開始するまでは一度たりとも吹いたことがありませんでした。しかし今回、練習の機会を得て吹いてみたところ意外(!?)だったのが、優雅な独特の旋律を持ち合わせた曲であり、一部雅楽を思わせる展開などもあったりして、なかなか侮れない、いい曲であったということです。「寿」という曲名も、こうした曲調によるものなのかもしれません。また、ここ数ヶ月「裏の曲」ばかりを吹いてきたため、久しぶりに「表の曲!」という雰囲気を味わいました。表の曲は「古伝三曲」「行草の手(竹盟社では「学行の手」)」「真の手」など、「いかにも琴古流本曲!!」な感じの形の整った楽曲が多いのに対し、裏の曲は「琴古流本曲の中でも特殊・突飛な曲」の割合が高く、特に最後の数曲は作曲時期が新しいこともあって、自分の中の演奏イメージがだいぶ表の曲から外れた状態にきていました。そこにこの「寿調」で、「おおっっっ!琴古流本曲本来の姿に戻ってきたぞ!」というような感動を味わったわけです。

現在では「琴古流本曲36曲」のトリを引き受けるこの「寿調」。地味なようでいて、実は旋律も美しく、さらに初代琴古以来の脈々と続く伝承を受け継いでいるこの楽曲を、「10分で」シリーズの最後に演奏公開させて頂けたことは、自分にとって新鮮な思い出として残りました。これからも、何か祝儀事での演奏機会があれば、ぜひこの「寿調」に活躍してもらおうかなと思っているこの頃です。なお、この曲も抜粋せず、「一二三鉢返寿調」のうちの「寿調」の部分だけを演奏して10分ちょっとに収まる楽曲です。



「山口籟盟web演奏会」は、ふだんなかなか耳にする機会のない尺八音楽を、インターネット上で公開する取り組みです。

【web演奏会】10分で琴古流本曲「月の曲」

48回山口籟盟web演奏会【10分で琴古流本曲(35)「月の曲」】
ふだんなかなか耳にする機会のない琴古流尺八本曲を、聴きやすい「10分程度」の演奏でお届けするシリーズです。

近代以降の琴古流の礎を築いた、2世荒木古童(竹翁)が作曲しました。以前から解説している通り、曙調子・雲井調子の移調が現行しない代わりに、琴古流本曲36曲にカウントされるようになった曲です。

この曲については、雑誌『三曲』の大正14年2月号に、三浦琴童が「荒木竹翁先生」という記事で言及していますので、ここに引用させていただきます。

「先生の作曲では現在も琴古流本曲として用ひてゐますが月の曲、之には呂のロから甲のハ迄昇る手がありますが、之は自然に昇せるので、之も月の昇つて行く形容を取入れたものでそこが此曲の骨子となるのです。
月に次いでは雪の曲、花の曲、も作曲の予定であつたとかで、花の曲に就ては先生の案になつてゐた手も聞かされた事があります。
雪は今戸へ引越してから裏の隅田川を見乍ら雪の情景を味つて会心の曲を仕揚げるのだと云つておられました。一局部の作はあつたのですが、終に完成を見なかつた事は誠に惜しい事です。
それでもかうして「月の曲」が残つておると云ふ事はせめてもの吾々の幸福だと思つております」

ちなみに『三浦琴童譜』の「月の曲」の注釈には、「此曲ハ荒木竹翁先生推敲中に歿せられしが、愛慕の意を表するため謹写せし者なり」とあります。

演奏してみますと、琴童師が解説されている「呂のロから甲のハまで昇る手」が実に印象的で、八寸管で壱越になる筒音が、第1オクターブから第3オクターブまで連続して吹き上がっていくような演出になっています。この手には譜面に注釈があり、「一と息ニテ呂ノロヨリ甲二ナシ五ノハノ呂ニナシ又甲ニナシ終リニ四ノハヲ一寸聞カセル」とあります。乙のロから甲に吹き上げ(第1オクターブから第2オクターブ)、そこから裏孔をあけて乙の五のハとし(甲のロと同音)、さらにそこから甲に上げる(第3オクターブ)というわけですね。しまいの部分は2、3孔をスって終わります。琴古流の「四のハ」は、1、4孔を閉じるようになっているので、注釈のような書き方になるのでしょう。

このスリの記述は、鹿の遠音の「竹翁先生替手(実際には現行の演奏は全てこの「替手」で演奏します)にもあります。「四のハ」は、「三のハ」と同じく近代に入ってから、外曲の必要性によって生み出された運指なわけですが、「月の曲」も、「鹿の遠音・竹翁先生替手」も、荒木竹翁が手付けしたわけですから、旋律自体が「近代の琴古流」へと移っていっているといえるでしょう。「月の曲」の終末には「ヒの中メリ」「レの中メリ」も出現し、あたかも外曲の後歌のような趣を感じます。

曲全体として、「琴古流本曲の代表的な手のオンパレード」というか、「ベストヒット集」とでもいう感じで印象的な手が連続して構成されており、非常に聴きやすいまとまりのよい楽曲となっています。ここでは抜粋せず全曲通していますが、15分以内に収まっています。曲の終わりは、殆どの琴古流本曲と同様「レロ」となっていますが、楽譜ではその横に細字で「或ハ、ハゝハレ」とあり、ひょっとしたら竹翁師が「最後まで迷っていた」のかもしれません。個人的には後者の方が自然な流れに感じますが、お習いしたのは「レロ」の方ですので、こちらで演奏しております。





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2018年3月25日日曜日

【web演奏会】10分で琴古流本曲「砧巣籠」

47回山口籟盟web演奏会【10分で琴古流本曲(34)「砧巣籠」】
ふだんなかなか耳にする機会のない琴古流尺八本曲を、聴きやすい「10分程度」の演奏でお届けするシリーズです。

初代琴古・本名黒澤幸八は、若干19歳にして、長崎・正壽軒(当時は玖崎寺)にて虚無僧・一計より「古伝三曲」「鹿の遠音」「波間鈴慕」など7曲を伝承、さらに全国各地の尺八本曲を蒐集して「琴古流本曲」の基礎を整えたのみならず製管にもたくみで、一躍尺八の名手として一斉を風靡した人物でした。その子である幸右衛門も名人の誉れ高く、父の没後幸八の名と琴古の号を襲名、2代黒沢琴古として活躍しました。さらにその子である雅十郎も幸八の名と琴古の号を襲名、3代黒沢琴古として世に知られています。

3代琴古の大きな業績としては、これまでの本曲の紹介文で度々引用してきた「琴古手帳」という忘備録を残したこと(実際には父の2代琴古が書き綴ったものに3代琴古が書き足したようである)、久松風陽を始めとする優れた門人を輩出したこと、そして今回の演奏曲「砧巣籠」を作曲したことが挙げられると思います。

「砧巣籠」は、「碪巣籠」とも表記され、尺八本曲として有名な「鶴の巣籠(琴古流ではのちに「巣鶴鈴慕」)と同じく十二段構成となっています。曲名から察せられる通り「鶴の巣籠」を強く意識して(というよりもベースにして)、なおかつ「砧」の要素を取り入れたということになるかと思います。三曲の世界において「砧」といえば、「砧もの」「砧地」などの用語が思い当たりますが、これらは「チンリンチンリン」「ツルテンツルテン」といった定型的なリズムの繰り返しが特徴的な器楽的楽曲といえます。つまり「砧巣籠」は、尺八本曲の要素に外曲の要素を加味して成立した楽曲といえるのではないでしょうか。実際、琴古流本曲の中では例外的に、「レ」の連続音を外曲と同じ「4押し」(殆どの曲は「1打ち」)にて行うように指定されています。曲全体を通して似たリズムの繰り返しや、同音の連続音が多用されています。

さらに、この曲によく現れる印象深いリズムが、いわゆる「三・三・七拍子」の音型です。「三・三・七拍子」といえば「応援団」の代表的なリズムパターンですが、これが江戸時代から脈々と日本人に受け継がれてきた伝統的な音型ということが、ここでも立証できるのではないでしょうか。そういえば、本曲でもよく用いられる「打ち詰め」(同じ音を、最初は間隔をあけて、だんだん早くしていく技法)のリズムも、応援団の演出としてよく用いられますね。

この「砧巣籠」は、「琴古流本曲36曲」が成立した頃から「裏の曲のラスト」を飾る1曲であったようで(近代以前はその後に「秘曲・呼返鹿遠音」が構えていた)、文献に残るエピソードにも「最後に習った」とか「この曲だけ残った」などの話が見られる所からも「琴古流本曲の中でも特別な存在」として、歴代大切に取り扱われてきたことが感じられます。師匠・吉村蒿盟師と初めてお会いした際「琴古流本曲の中で一番難しい曲は砧巣籠や」と語っておられたのが心に残っています。「知名度」では「巣鶴鈴慕」の方が上ですが、琴古流のみに伝わるこの特別な一曲を、これからも大切に吹き続けていきたいと決心しております。技術的な難易度も高く、スケールの大きいこの曲を充分に表現するのは大変難しいことですが、「現時点での自分の演奏」として、この場に記録させていただき、今後も精進を重ねたいと思います。





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2018年3月22日木曜日

【web演奏会】10分で琴古流本曲「厂音柱の曲」

46回山口籟盟web演奏会【10分で琴古流本曲(34)「厂音柱の曲」】
ふだんなかなか耳にする機会のない琴古流尺八本曲を、聴きやすい「10分程度」の演奏でお届けするシリーズです。

今回は、「芦の調」「厂音柱の曲」の二曲同時公開です。

「芦の調」「厂音柱の曲」は、ともに3世琴古作曲の「砧巣籠」の前吹として扱われたものであり、元々の「琴古流本曲36曲」には数えられていなかったものでありますが、曙調子・雲井調子の移調曲8曲が実際には演奏されなくなったことから、現在は独立した1曲に数えられております。「琴古手帳」の冒頭にある「当流尺八曲目録」に、「碪巣籠、前吹蘆調、同柱曲」とありますが、3世琴古以前に記録されたと思われる「当流尺八曲目」には「砧巣籠」が含まれておらず、当時は琴古流本曲は「表18曲、裏17曲の計35曲」だったことが分かります。「36曲」が成立したのは3世琴古の代になってからということになり、前吹である「芦の調」「厂音柱の曲」も、琴古流本曲成立当初にはなかった、比較的新しい曲と言えるでしょう。

なお、値賀笋童師著『伝統古典尺八覚え書』によると、「厂音柱の曲」は3代目琴古の門人であり、「琴古流中興の祖」とも呼ばれる久松風陽の作曲ということです。他の楽曲にはあまり見られない、雅楽のような手が出てくるなど、全体に流麗な雰囲気を感じます。なお、「厂音柱(ことぢ)」とは、箏の調弦の際に移動させる「琴柱」のことであり、昔から雁がねの群れに見立てる美意識があったようです。琴柱のフォルムそのものも、雁が羽を広げ長い首を前に出して飛ぶ姿を彷彿とさせますし、箏の調弦では、一の糸の柱の場所が高い位置にあり、二から下がって三、四と上がっていく形も、群れの並びと似ていますよね。山田流箏曲「岡康砧」にも、「月の前の砧は、夜寒を告ぐる雲井の雁は琴柱にうつして面白や」とあります。当て字もとても面白いですね。「雁音柱」と、最初の文字をがんだれに省略しない書き方もあります。



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【web演奏会】10分で琴古流本曲「芦の調」

45回山口籟盟web演奏会【10分で琴古流本曲(33)「芦の調」】
ふだんなかなか耳にする機会のない琴古流尺八本曲を、聴きやすい「10分程度」の演奏でお届けするシリーズです。

今回は、「芦の調」「厂音柱の曲」の二曲同時公開です。

この「芦の調」と、「厂音柱の曲」は、ともに3世琴古作曲の「砧巣籠」の前吹として扱われたものであり、元々の「琴古流本曲36曲」には数えられていなかったものでありますが、曙調子・雲井調子の移調曲8曲が実際には演奏されなくなったことから、現在は独立した1曲に数えられております。「琴古手帳」の冒頭にある「当流尺八曲目録」に、「碪巣籠、前吹蘆調、同柱曲」とありますが、3世琴古以前に記録されたと思われる「当流尺八曲目」には「砧巣籠」が含まれておらず、当時は琴古流本曲は「表18曲、裏17曲の計35曲」だったことが分かります。「36曲」が成立したのは3世琴古の代になってからということになり、前吹である「芦の調」「厂音柱の曲」も、琴古流本曲成立当初にはなかった、比較的新しい曲と言えるでしょう。

なお、値賀笋童師著『伝統古典尺八覚え書』によると、「芦の調」は2代目琴古の門人、薩摩藩主島津公次男の蘆月公の作曲とあります。出典は不明ですが、もしそれが事実であれば、「鳳将雛」作曲者の細川月翁と並んで興味深い話ですね。三浦琴童譜ではたった2行の譜面でありますが、他の曲にない独特の旋律で格調高く、印象深い1曲であるように思います。



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2018年3月18日日曜日

「10分で琴古流本曲シリーズ」の収録を終えて

本日、「砧巣籠」「月の曲」「寿調」の3曲を収録し、「10分で琴古流本曲シリーズ」の全ての撮影が終わりました。

当初は「月に一曲ずつ」ということで、実際にひと月ずつ練習しては撮影を繰り返していたのですが、今年度6年担任となったため激務によりそのような余裕がなくなり、たまに撮影できそうな休日が来たら2〜3曲まとめて撮るという方法に転じてしまいました(だいたい裏の曲くらいから)。前回は1月に「鳳将雛」「曙調」「曙菅垣」「芦の調」「厂音柱の曲」を撮影したわけですが、それからはもうとにかくバタバタでした…。

…とにかくも、何とか琴古流本曲全曲を演奏し終えて、ホッとしております。

未公開の5曲は、これから解説を書いたりしますので、もう少ししてからこの春のうちに公開予定です。そして、この「10分で…」シリーズの終了に伴って、しばらく定期的なweb演奏会はいったん幕を閉じたいと考えています。

この3年間、今の家の座敷で演奏できる環境を手に入れて以来、演奏の動画公開、Facebook等により、沢山の方とお知り合いになり、自分の演奏を聴いて頂いたり、「web上で共演」などもさせて頂いたりしました。また、そこから発展して「而今の会」の結成および演奏会という、とても貴重な体験をさせて頂きました。今も、沢山のお仲間とFacebook上で三曲談議などさせて頂いたりして、とても楽しませて頂いております。

しかし、そろそろ自分も次のステップに移らなければとも、最近考えております。それはやはり「実演」。しかも、自分としての命題は「邦楽をより自然な形で、誰もが楽しめるような音楽にしていきたい」ということです。昨今、邦楽界も「人口減」「入門者減」に喘いでいるのですが、そうは言っても旧態依然とした体制を捨てきれず、純粋に「音楽を楽しむ」だけではない色々な要素が付いたままになってしまっています。それらが、音楽的価値の高い三曲の名曲たちの素晴らしさを、沢山の人々に楽しんでもらうチャンスをフイにしているとしたら、極めて勿体無いことですし、実際一人でも多くの人に関心を持ってもらって始めてもらいたいはずなのに、それに逆行する結果となってしまっている可能性があるわけです。

僕自身は、邦楽は日本の「民族音楽」として、その自然素材の響きや、日本の民族性や四季折々の風景が生み出して来た楽曲を素直に味わい楽しめるような環境を作っていきたいというのが願いだし目標です。これまでの「web演奏会」は、もちろんそうした活動の一環だったわけですが、ここで一旦一区切りします。「もうやらない」という訳ではないですし、気が向いたらまた何か演奏を上げたりとかするかもしれませんが。

「ねえ、一緒に合奏してみない?」という方、大歓迎です。もう邦楽も、型式ばらずに、どんどんフランクリーにやってかないと、どんどん廃れるばかりのような気もしますけんですね。

2018年3月17日土曜日

【web演奏会】10分で琴古流本曲「曙菅垣」

第44回山口籟盟web演奏会【10分で琴古流本曲(31)「曙菅垣」】
ふだんなかなか耳にする機会のない琴古流尺八本曲を、聴きやすい「10分程度」の演奏でお届けするシリーズです。

前回の「曙調」の解説でも述べましたように、この「曙菅垣」も、黒沢琴古による琴古流本曲成立当初からの楽曲ではなく、曙調子・雲井調子へ移調された計8曲が事実上演奏されない現行の琴古流本曲を「36曲」にするために、近代以降になってカウントされ始めた楽曲となります。

「琴古手帳」にある「曙菅垣」は、「転菅垣」を曙調子に移調したものであるのに対し、現行の「曙菅垣」は、奥州の千歳市(ちとせのいち)という盲人が作曲し、荒木竹翁が16、7歳の頃に江戸で流行したものだということです。「〇〇菅垣」という楽曲名は、「六段」など糸の曲との歴史的な繋がりが深く、拍子が比較的ハッキリしているというのは何度か述べましたが、この曲はそうした傾向がとても強いように思います。楽譜の雰囲気も他の本曲(「〇〇菅垣」を含めて)とは違って、細かい拍子の補線や連続音、ひと繋がりのフレーズに沢山の音符が並ぶなど、さながら外曲の譜面を眺めているような気持ちになります。殆どの琴古流本曲は、「レ」の連続音は1孔で当たるのですが、この曲は外曲と同じ4孔で当たります。なにより旋律そのものが、まるで糸の楽曲のようにメロディアスなものとなっています。

曲は大きく前半と後半に分かれ、前半部の最後に一度速さが緩み、再び冒頭の旋律が再開されて後半部が始まっています。元々同じ旋律の繰り返しが多く、前半部に装飾的な旋律や替手、高音部へと移る展開を追加して後半部を作曲しているような雰囲気です。全曲演奏しても「10分程度」にはなりますが、現代人の耳にはあまりにも冗長に過ぎるような嫌いもあって、後半部のみの演奏としています。なお、琴古流各派毎に替手の手付けがされていることも多いようで、社中の演奏会などでは総員による本手・替手の大合奏を会の冒頭や中盤などに設定しているパターンをよく見かける曲でもあります。


※「山口籟盟web演奏会」は、ふだんなかなか耳にする機会のない尺八音楽を、インターネット上で公開する取り組みです。

2018年3月6日火曜日

【web演奏会】10分で琴古流本曲「曙調」

第43回山口籟盟web演奏会【10分で琴古流本曲(30)「曙調」】
ふだんなかなか耳にする機会のない琴古流尺八本曲を、聴きやすい「10分程度」の演奏でお届けするシリーズです。

この「10分で琴古流本曲」シリーズも、ついに全36曲中「30曲目」に入ってまいりました。

さて、この曲名「曙調」とは、「曙調子」の「一二三鉢返調」であることを意味しています。
「曙調子(あけぼのちょうし)」とは、尺八における「本調子(レ調)に対して完全5度高い(ロ調)調子への移調を指します。ちなみに、完全4度移調したもの(リ調)は「雲井調子(くもいちょうし)」と呼びます。

これらの移調は、初代黒沢琴古の頃に盛んに行われていたようで、1尺8寸管にて本調子で演奏した時、1尺3寸で曙調子を、また2尺3寸で雲井調子を吹くとピッタリ合うとされています。長さの違う尺八で、同じ曲を合奏しようとしたわけですね。しかし、同じ長さの尺八で本調子、曙調子、雲井調子と吹き比べれば、それぞれが完全5度、完全4度の移調となるわけです。

初代琴古は、こうした移調を利用して、霧海ヂ鈴慕、虚空鈴慕、転菅垣、栄獅子の4曲を、それぞれ曙調子(曙鈴慕、曙虚空、曙菅垣、曙獅子)、雲井調子(雲井鈴慕、雲井虚空、雲井菅垣、雲井獅子)に移調し、それら8曲を琴古流本曲・裏18曲の中にカウントしたわけです。しかし、現実にはそれらの移調曲はほとんど現行されていません。現在はその代わりとして、一二三鉢返調を曙調子に移調したこの「曙調」、江戸時代末期に千歳市が作曲し、江戸で流行させたという「曙菅垣」、3世琴古作曲の「砧巣籠」の前吹であった「芦の調」「厂音柱の曲」、荒木竹翁作曲の「月の曲」、「一二三鉢返寿調」から独立させた「寿調」を「1曲」と数えております。足りない2曲は「表の曲」に「一二三鉢返調」と「一閑流虚空替手」を足すことで、「合計36曲」にしているわけです。

つまり、ほとんど現行されない、かつての移調の習慣の「なごり」のような感覚で、一二三鉢返調を曙調子に移調したこの「曙調」が存在しているのだと言えるのかもしれません。尺八の「曙調子」は、三絃の「二上り」と似ていて、実際に尺八の「曙調子」のことを「二上り」とも呼んだりします。また、「六段の調」をレ=1からロ=1に上げた譜面の題簽にも「曙六段」と記されています。これも三絃は二上りですよね。本調子に比べて華やかで甲高い感じがします。

逆に「雲井調子」は「三下り」とも呼ばれています。こちらは曙調子の華やかさとは対照的に、少しくぐもったような「陰」の印象が強いです。一二三鉢返調も六段も、「雲井調子」への移調は演奏されているものを聴いたことがありませんので、実際にはほとんど現行していないのでしょう。昔の雑誌『三曲』の裏表紙に、付録のようにして「雲井六段」の譜面が印刷されているものだけ確認できました。
やはり「移調」というものは、曲の印象を大きく左右する上に、「独立した1曲」とは見なされにくいものなのでしょうね。

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2018年2月24日土曜日

谷本史童さんと「鹿の遠音」

福岡在住、琴古流尺八童門会の谷本史童さんと、「鹿の遠音」の吹合せを楽しみました。
最初のツのメリ、ちょっとスカってしまいましたが…

谷本さん、どうもありがとうございました!!

H30.2.24 @サンレイクかすや

※山口籟盟は、純粋に「音楽仲間」として、しがらみなく、互いを尊重しあえる対等な立場で、ともに邦楽を演奏していける同志を求めています。賛同いただける方は、ぜひお声掛け下さい!「ネット上」でも「リアルな場」でも、いつでも共演、大歓迎です!!!

山口籟盟のHP
メールアドレス

2018年2月5日月曜日

八女のイベント「桜小町」に出演します

来る3月23日(金)〜25日(日)、八女市で開催されます、以下のイベントに参加させていただきます。

山口は、24日(土)の筑前琵琶演奏会に賛助出演させていただきます。
ぜひ、足をお運び下さいますよう、よろしくお願い致します。

八女茶商 矢部屋許斐本家
八女市文化財指定記念イベント2nd

【桜小町】

時 2018年 3月23日(fri) 24日(sat) 25日(sun)
時間 10:00〜16:00
会場 矢部屋許斐本家
〒834−0031
福岡県八女市本町126
電話 0943-24-2020


◎参加者一覧
カフェ&ギャラリー 鹿鳴庵
博多曲物 柴田徳商店
日本画家 糸山志泉
お煎茶 入江規子
お抹茶 堀明日香
こぎん刺し ソラハナ
つまみ細工 和裁士 宗近陽子
カトラリー作家 Rissani
橘流筑前琵琶 筑後旭会 kochou
洋菓子作家 ランコントル
アジア民芸布 風の道



◎橘流筑前琵琶演奏会
「春の宴」〜春の季節の物語〜

時 3月24日(土) 13時半より15時
入場料 1500円(お茶券と春のお土産付き)
定員20名 予約優先

ご予約はメッセージまたは
☎︎080-6460-4436

出演: 筑前琵琶筑後旭会kochou

演目
華道 花の恵み (お花 末安賢吾×筑前琵琶)
名残の桜
若き敦盛
舞扇鶴ヶ岡
茶道 松風の曲 (茶道お点前 堀明日香×筑前琵琶)

※賛助出演 琴古流尺八 山口籟盟

2018年2月1日木曜日

【web演奏会】10分で琴古流本曲「鳳将雛」

【第42回山口籟盟web演奏会【10分で琴古流本曲(29)「鳳将雛」】
ふだんなかなか耳にする機会のない琴古流尺八本曲を、聴きやすい「10分程度」の演奏でお届けするシリーズです。

「裏の曲」9曲目は「鳳将雛」です。
この曲は『琴古手帳』の記述を根拠に、初代琴古が手付け(作曲)をし、鈴法寺の勇虎尊師、泰巌尊師に届けたものといわれてきました。しかし、佐藤晴美師が琴古社から琴古流本曲の譜本を出版するにあたり、全国各地から琴古流本曲の各種の異本を収集し対照参考にする中で、熊本から取り寄せた「鳳将雛」の古譜をもとに、肥後細川藩の支藩である、宇土藩の6代目藩主・細川興文(月翁)公が作曲し、それを初代琴古が前半1/3の手を増補したものとする説を唱えました。さらに、その宇土藩主・細川月翁公の所蔵していた琴古流尺八関連の古文書(通称、『月翁文献』)の詳細が、虚無僧研究会の機関紙『一音成仏』において公開され、月翁公が隠居し、江戸から熊本に戻る直前の明和9年(1772)、2代目琴古から集中的に琴古流本曲・表18曲の伝授を受けたこと、その最終日に「鳳将雛」を完成させ、安永2年(1773)琴古流の新曲として認定されたこと、同時に月翁公が「本則(虚無僧の免許状)を受けたことなどが明らかにされました。よって現在、この曲は2代目琴古門人・肥後宇土藩主・細川月翁の作曲によるものと認知されております。

ちなみに、他の多くの琴古流本曲とは趣を異にする「鳳将雛」という曲名は、『晋書、楽志』『古楽府、隴西行』『楽府詩集』を出典として「呉声十曲の中の三が鳳将雛という」とあるそうで、当時高い文化的素養を持ち、詩文や俳句、茶道なども良くしたといわれる月翁公ならではの命名ではないかと言われております。なお「鳳将雛」とは鳳凰の雛のことで、麒麟児や神童と同じく幼くして才覚を見せる男児を意味するとのことです。

全曲を通すと20分以上かかる楽曲ですので、今回はその中から、曲中何度も奏される「ウチー、ウー、チウチウツールー引」の手が印象的な前半部と、中盤以降の高音の部分を中心に抜粋しております。高音の部分は、他の琴古流本曲とはひと味違った、雅楽を思わせるような旋律が特徴的です。また、曲中の「コロコロ」の手は、鳳凰の雛の鳴き声を模した手だと言われています。

※「山口籟盟web演奏会」は、ふだんなかなか耳にする機会のない尺八音楽を、インターネット上で公開する取り組みです。

2018年1月5日金曜日

今年の目標

あらためまして、新年にあたり、今年の目標を述べて見たいと思います。

僕の尺八に関する今年のテーマは「クォリティ」「高揚感」にしたいと考えています。

因みに昨年は、意識的にテーマを設定した訳ではありませんでしたが、結果として「古典をwebという新ステージで追究」という感じになりました。「web演奏会」「ジョイントweb演奏会」「web尺八セミナー」「而今の会」など、やってる演奏は本曲や地歌箏曲など純邦楽の古典そのものなのですが、その演奏公開、合奏や下合せ、さらには講習の場までもネット上とすることで、これまでのリアルな演奏会やレッスンにはなかった、他地域にお住まいの「仲間」もっと言えば「同志」と巡り会うことができ、課題も多いのですが、一定の成果も得ることが出来たのではないかと思っております。


さて、今年の目標「クォリティ」「高揚感」に触れる前に、そのような考えを持つきっかけとなった、いくつかの事情をご紹介しましょう。

昨年末から、J-METALの「GALNERYUS(ガルネリウス)」というバンドが好きで、よく聴いています。J-METALといえば、紅白にも出演していたX JAPAN や、デーモン小暮で有名な聖飢魔IIなどが思い浮かびますが、僕もそれらのバンドも好きで聴いています。特に聖飢魔IIは、バンド全体の技術の水準や結束感が強く、メンバー同士も「大学のサークルの延長」という感じの和気あいあいなので、自分自身もこうしたバンドみたいなグループが組めたらなぁと積年思い続けていたりしました。
しかし、GALNERYUSは、これら二つのバンドとは何かが違うのです。それは「現代の圧倒的なハイクオリティ」とでも言えるでしょうか、信じられないくらいの全てのパートの驚異的なテクニックと息を呑むような演奏が展開されているのです。聖飢魔IIも各パートどれをとっても「プロとして上手い」のですが、GALNERYUSは情報の洪水の中に生きている現代人が、歌にせよ楽器にせよこれまでになく演奏水準が上がっている中において、おそらく現代のバンドが成し遂げられるであろう最大級の演奏技術が現実のものとなっている訳です。しかも、作曲にも優れ、アルバムの中身も純粋なメタラーを唸らさせるだけの硬派かつ質の高い楽曲でひしめき合っている。これ以上詳しく書くとしつこくなってしまうので、ご興味を持たれた方にはネットで検索していただければと思うのですが、僕は結果として最近3枚アルバムを買いました。聴こうと思えばYouTubeとかでも聴ける時代なのですが、「いい音で聴きたい」と思った訳です。ネット上のインタビューでも語られていましたが、このバンドはミリオンセラーやチャート上位に食い込んだりして日本人なら誰でも知ってるという訳ではなく、そこがXや聖飢魔IIと違うところなんですが、モーレツに熱い固定ファンが多数おり「この売れないジャンルで毎年のように新アルバムを出せること自体が珍しい」ことなのだそうです。また、「メタル」というジャンルは世界的にファンが散らばっており、「国内オンリーのJ-POP」とは違い、他所の国から演奏のオファーやファンレター(メール)が来るとのこと。この辺りも、純邦楽の特に古典は大いに参考にしていかなければいけないような気がしました。

それから、正月にたまたま本屋で「塩谷亮」という油絵画家の画集と出会いました。詳しくは述べませんが、とにかく「写真か!?」と見まごう程の写実的な作品には、思わず息を呑みました。で、帰ってからネットで調べてみると、以下のような記事と出会った訳です。
https://r.nikkei.com/article/DGXMZO16281380S7A510C1000000
要するに、もうこのご時世、日本画も油絵も売れてないと。しかしそんな中唯一売り上げが伸びているのが、こうした「写実絵画」だとのことで、現代の富裕層が出品された作品に殺到している訳です。

まあ、この辺は「好み」もあるものですから一概には言えないのですが、僕はこの話を聞いて「GALNERYUSと似ているな」と感じました。つまり情報に溢れ、価値観の細分化している現在、もはやかつてのような「みんな誰でもが当たり前のように一つの価値観に集まって行かない」という時代、その中でも熱く濃いファンの支持を如何に得ていくかということが大切だと思うわけです。そして、そのキーワードとなるのが「クォリティ」なのではないかと思います。自分はまだまだそこが甘いので、とにかく上げていかなくてはいけないなと思っています。

「高揚感」については、あまり詳しく述べられず、自分の中でも考えをまとめきれてない所もあるのですが、GALNERYUSにせよ写実絵画にせよ、聴いた瞬間、見た瞬間、「おおおぉっっっっ!?!!!!」という、極めてハイテンションな高揚感に心を鷲掴みにされるように思います。そこに、「人が振り向く」ということなんでしょう。人はそれを「感動」と呼ぶのだと思いますが、僕の中では「高揚感」あるいは「陶酔感」というような言葉で腑に落ちています。「クォリティ」とも深い関係があるように思いますが、やはり奏者の情緒面とも深く関係する所でしょう。「感情を込めた演奏」とかいう言い方は学生の頃から苦手ですが、メンタル面を高めていくために、自分の中にこうした要素を重視していく必要を感じ、「高揚感」という言葉で受け取って行くことにしました。

元日にNHKで「歌舞伎俳優祭」という番組を見ました。歌舞伎の有名な俳優さんがオールスターな感じでひとところに集まり、演目を繰り広げていた訳ですが、僕は仮名手本忠臣蔵から要所を抜粋した「二つ巴」という舞踊を見ました。もう目が釘付けのクォリティの圧倒的な高さと凄まじい高揚感!!素踊りの紋付袴が本当に女性のように見え、所作の一つ一つの洗練度が信じられない水準です。お囃子や長唄も当然のように演奏水準が高く、引っ切り無しに次から次へと曲が流れて行く。その歌舞伎でも、今は先行きに対する危機感があるといいます。純邦楽、特に古典系は、こうした時代の実情をしっかり受け止め、これからも聴いていただいた方に「いいな」と思って頂けるよう、毎日の努力を積み重ねていかねば!!と、自分に言い聞かせているところです。

2018年1月1日月曜日

【而今の会・平成30年新春web演奏会『八千代獅子』山田流・生田流合奏】

年末に身内の不幸ごとがあり、喪中の身ではございますが、本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

さて、「而今(にこん)の会」のブログにも掲載させて頂きましたが、平成30年・新春名義で、而今の会の3人で「八千代獅子」の合奏を公開させて頂きましたので、ご覧いただけますと幸いでございます。

※詳しくは、「而今の会ブログ」をご覧ください。


本年も、純邦楽の素晴らしい演奏を目指して精進してまいりますので、何卒よろしくお願いします!!


【平成30年新春web演奏会】10分で琴古流本曲「鹿の遠音」

41回山口籟盟web演奏会・平成30年新春web演奏会【10分で琴古流本曲(28)「鹿の遠音」】
ふだんなかなか耳にする機会のない琴古流尺八本曲を、聴きやすい「10分程度」の演奏でお届けするシリーズです。

「裏の曲」8曲目は「鹿の遠音」です。
『琴古手帳』によれば、初代琴古が19歳の時、長崎の虚無僧寺「正壽軒」にて、一計子から伝授を受けた曲とされています。初代琴古はこのとき、他にも「古伝三曲(霧海篪鈴慕、虚空、真虚霊)」「三谷菅垣」「佐山菅垣」「波間鈴慕」の伝授を受けており、これら「一計子伝」の本曲は、今日「琴古流本曲」として伝わる36曲のうちでも最初期の楽曲群であると考えられると同時に、全曲中でも特に重要視される曲が多いことに気付かされます。なお、現在では「鹿の遠音」という曲名が定着していますが、伝承当初から明治当初くらいまでは、「呼返鹿遠音(よびかえししかのとおね)」と呼ばれていました。

この曲は通常、二人の奏者の同じ長さの尺八による掛け合いで奏されることが多く、「秋の深山で、雄鹿と雌鹿がお互いに求愛して鳴き合う様を描写した曲」とも、あるいは、実際には雌鹿は鳴かないので、「雄鹿が二頭以上、それぞれ相手の雌鹿を慕って鳴くさまである」あるいは「自分の縄張りを示すために鳴く雄鹿の声が山々にこだまする状況」などとも言われています。表の曲「巣鶴鈴慕」のときにもふれましたが、「親子の愛情」を表現した「巣鶴鈴慕」と、「夫婦愛」を描いたとも言われる「鹿の遠音」は、尺八古典本曲の中でも鳥獣の生態描写を主眼として表現的技巧に富み、他の普化宗の禅味を帯びた宗教的楽曲とは趣を異にした純芸術的な曲と言えるように思います。掛け合いを繰り返していく曲の構成が影響してか、琴古流本曲の中でも1フレーズの長さが比較的短くまとまっており、旋律も美しく、聴き応えのある名曲といえましょう。また「ムライキ」と呼ばれる噪音的な音づかいや、「二四五のハ」による高音の響きが効果的に用いられ、秋の山々を吹き抜ける風音や、鹿の鳴き声などを、尺八ならではの表現方法で演奏するよう工夫が凝らされています。


「鹿の遠音」に関しては、次のような面白いエピソードを読んだことがあります。

「鹿の鳴声には近音(ちかね)・中音(ちゅうね)・遠音(とおね)の三種類が有って、全く別物に聞える。人の近くに居る鹿の声は餌を求めたり仲間同士の合図のような日常生活用の声で、子豚の鳴声に似ている。昔の猟師は鹿笛という鹿の近音に似た音を出す笛で鹿を誘い寄せた。二・三百米以上離れた所から大きく響く中音は、秋の終り頃から初冬に掛けての薄寒い夜更けに発情期の雄が雌を誘う雄叫びで、ギャーンと只の一声、馬の嘶きの如く猛々しく威厳が有る。一粁(キロ)以上或いは遥か山の彼方から聞えて来る遠音は、この中音と同じ物であるが距離が遠い為に、鳴声の音波の中で周波数の低い低音部分のエネルギーは横方向に拡散し易いので途中で消えて遠方まで届いて来ない。甲高い高音部は直進性が強くエネルギーのロスが少いので、シーンと静まり返った秋の夜には極めて遠くまで聞えてくる。然も、バリッと一瞬の雷声がゴロゴロと長く曳くように、周囲に谺(こだま)しながら来るのでヒーヒーヒーと高音で長く余韻を曳いて極めて叙情的で、丁度尺八の高音部(ヒ・ヒ五・ハ・ハ二四五等)の音と実にソックリである。
(中略)
都会育ちの三代古童は鹿の声を知らないので、何とかして聞きたいと思っている時、奈良公園の課長が入門してきたので絶好のチャンスと、折角鹿の声を聞いたのに大失敗をしてしまった。三代古童は鹿の声に近音・中音・遠音の三種が有る事を知らなかったばかりに「鹿の遠音を聞きたい」と言うべき所を、「鹿の鳴声が聞きたい」と言ってしまった為に、初心者で「鹿の遠音」と云う曲を知らない公園課長さんから森の直ぐ傍の旅館に案内されて泊り「鹿の中音」をタップリと聞かせて貰って、此がテッキリ「鹿の遠音」だと信じ込み、愛宕山のNHK放送局(当時はJOAK)から「鹿の遠音は豪快で威厳があり、尺八曲の甲高い高音部は谷間を渡る風の音であろう」という感想談を放送した」(増補改定『伝統古典尺八覚え書』値賀笋童 平成10年より)


なお、この曲の楽譜を見ますと、殆どのフレーズに3回の繰り返し指事が記されています。そのうちには、同一奏者が少しずつ変化をつけて3回繰り返すものもあれば、二人で交代しながら3回繰り返す場合もあります。しかし、現在ではすべてのフレーズを3回繰り返すのはさすがに冗長が過ぎるということで、繰り返し無しか、あるいは2回の繰り返しにして二人の奏者の個性の違いを楽しむような抜粋にすることが多いように思います。(吹き合わせ動画やジョイントweb演奏会での「鹿の遠音」は、2回繰り返しを基本にしています。)また、一人の奏者による独奏の場合もあり、私個人が独奏する場合はこの動画のように、最初から最後まで全てのフレーズを1回ずつ演奏しています。その場合は二人での掛け合いとはやや演奏スピードや旋律間の間合いのニュアンスが異なり、少しあっさり目に、つながりの滑らかさを意識して表現しています。



「山口籟盟web演奏会」は、ふだんなかなか耳にする機会のない尺八音楽を、インターネット上で公開する取り組みです。