2019年9月1日日曜日

床の間よ、さらば。ありがとう…

家庭的な事情により、遂に床の間は収納になってしまいました。



この貸家に引っ越してきて足掛け5年、あれこれ「web演奏会」を開催させて頂き、「ジョイントweb」では、ネット上での三曲合奏ということまで体験させて頂きました。共演して下さった皆様、本当にありがとうございました。琴古流本曲も、この場所で36曲全曲、練習し撮影・公開させて頂きました。今思えば、長いような短いような、でもやはりちょっと長いようなです。
ある意味、「自分のスタジオ」的な風にも思っていたのですが、やはり持ち家ではないところで制限された中でやってますので、やはりこういう日が来ますね。まあ、全部取っ払って掛け軸や天蓋なんかを再びセットすれば、再び元のようにはできるのですが。でも、ある意味一度「床の間」ともお別れなのかなと、思ったりしたところでした。

こないだの大庫さんとの共演が、結果的に最後の床の間での「ジョイントweb」となりました。どうもありがとうございました。








床の間で撮影した最後の演奏「鹿の遠音」です。



大庫さんとの「菊水」の直後、フォーム改変のチェックのためになにも気負わず撮ったもので、その時はこれが最後になるとは思ってもいませんでした。しかしまあ、たまたまですが「鹿の遠音」だったというのも何かの縁だったんですかねぇ

所々イマイチなところもあって、これまで公開していませんでしたが、見納めということで

2019年8月17日土曜日

藍の生葉染めをしました。

まずは、生葉を摘み取りました。
染める布の5倍程度とのことで、絹のストール60gからすると、なんと300g必要なんだそうですが


収穫直前の藍

これだけ摘み取りました。
藍は生命力が高い植物であるというネットの情報を信じ、これからまた水やりをがんばります。


あれだけつんつるてんになるまで積んで、160g程度でした。もうこれでやります!


葉を水洗いした後、細かくハサミで刻み

ミキサーでウィーン!


ネットで濾すと、緑色の液体になります。

絹のストールをつけます
この状態で2030


絞った直後は、緑色です。


空気に当てるうちに、インディゴが酸化して、青みがかってきます



30分程度酸化させて、水で洗い流すとあら不思議!葉緑素が水に流れて、藍色になりました!



絹のストールは、ネットで頼みました。藍の生葉染めは、木綿ではダメで絹でやるんだそうです。昨日楽天のウェブサイトで見つけて頼んだら、なんと早くも今日届きました!

丹後ちりめん織元 今井織物株式会社 MAYUKO絹工房というところでした。一辺1mくらいの正方形で大きかったので、二つに切って染めました。


2019年8月5日月曜日

【ジョイントweb演奏会:大庫こずえ(長野県)・山口 翔(福岡県)】 山田流箏曲『菊水』

Facebook上で、大庫さんが『菊水』の三絃独奏の演奏を公開されていたことから、久しぶりに「web上での共演」をお願いし、今回のジョイントweb演奏会開催の運びとなりました。大庫さん、いつも本当にありがとうございます。

この曲は竹友社の「青譜」で通常通り発行されているのですが、自分が師匠にきちんとお習いしておらずに残っていた数曲のうちの一つでした。戦前は「南朝が正当」という認識が日本国民において一般的で、楠木正成は忠臣として英雄視されていたそうです。当時はよく芝居や小説、そしてこの『菊水』のように、音楽作品の題材となって人々から人気を博したのだとか。そういえば尺八においても「虚無僧の元祖は楠木正勝(正成の孫)」というような話もありました。しかし、戦後はそうした南朝正統論や楠木正成に対するシンパシーが薄れていったためか、次第に演奏機会が減少してしまったようです。

本来ならば、唄・箏本手、三絃、尺八による三曲合奏が通常の演奏形態でありますが、「箏が主」の山田流箏曲ながらあえて「唄・三絃、尺八」の合奏として仕上げてみました。山田流には、江戸の感性に合わせて、浄瑠璃など三味線音楽の要素を箏曲化して生まれたという成り立ちがあります。そういう経緯からすると、山田流箏曲を三味線を主体にした音楽として演奏してみることも、その音楽的性質からして興味深い試みであると考えました。

下合わせ期間に、大庫さんから今井慶松師のSP音源を聴かせて頂きました。昔の名人ならではの、流れるような力強い演奏が感動的で、現代人が忘れてしまった感性に浸ることができました。今井師の箏のシャレ弾きが秀逸で、ほぼベタ付けであった尺八に手を幾つか取り入れて吹いてみました。三絃と尺八だけの楽器編成であったため、こうした歴史的な手付けを学んで取り入れることは効果的であるように感じました。

また、「ジョイントweb」シリーズでは初の、カメラの切り替え(スイッチング)を取り入れてみました。独吟の箇所をはじめ、気分を変えるために適宜楽曲の切れ目などに使用してみました。

楽曲の長さも適当で、曲の展開も面白く、もっと盛んに上演されればいいのにと思った次第です。令和最初の「ジョイントweb演奏会」に、楠公の『菊水』、いかがでしょうか。


〜共演者・大庫こずえさんよりコメント〜
どうやら私は、音を重ねる器楽の合奏より、綺麗な歌より、ドラマのある歌で情景を見せる演奏が好きなようです。
それ故 多感な十代にたまたま出会った山田流箏曲を今も続けているのでしょう。
箏浄瑠璃である山田流箏曲には 古典文学を演じる曲が沢山あり、過去の名人の残された貴重な演奏を録音とはいえ改めて聞くにつけ、若い頃から実際に触れて来られた幸運を何よりも有り難く思う次第。
山口さんのお誘いにより  自分の身の内に蓄えた芸を少しでも現代に表現出来れば何よりです。



『菊水』
明治26年(1893)に、山登万和(1853〜1903)が作曲した山田流箏曲。作詞者不詳(一説に、国文学者の中村秋香とも)。山登万和は、二代山勢検校門下で、三世山登検校を名乗った。天皇親政なった明治期の世相を反映した作品を数多く作曲したことでも有名で、『須磨の嵐』『四季の詠』『松上の鶴』『近江八景』などは、今日でも取り上げられる。
この曲は『太平記』巻16「正成兵庫下向事」に取材して、「桜井の子別れ」として有名なシーンを描いている。曲名の「菊水」は、菊の花と流水を組み合わせたデザインの家紋で、楠木正成を象徴する。
建武3年(1336)、足利尊氏の京都入りを阻止するために湊川へ向かう楠木正成(1294〜1336)は、これが最期の戦となることを覚悟している。桜井宿(現在の大阪府島本町)で嫡子正行に後醍醐天皇への忠義の道を教え諭し、別れを告げる。このとき正行は数え年で11歳だったと伝えられ、父の没後も南朝側の武将として戦い、四條畷の戦で討ち死にした。唱歌「桜井の訣別」(落合直文作詞・奥山朝恭作曲、1899年刊『湊川』に初収録)でも「青葉茂れる桜井の、里のわたりの夕まぐれ〜」と愛唱され、戦前の国語や修身の教科書でも必ず扱われていた。琵琶歌、長唄、常磐津など、様々なジャンルでも題材として取り扱われている。
途中に入る合の手では、勇ましい合戦のイメージを鼓舞するような雰囲気の手付けがなされている。箏は雲井調子から六と斗を一音上げた半岩戸調子(生田流の六斗上り雲井。箏の四に三絃の一が合う)で出て、「綸旨なり」で六を下げ、「これを汝に譲るなり」で斗も下げて雲井調子。三絃は二上り〜三下り〜本調子と変化する。時代色が濃いために今日では演奏される機会が少なくなってきている。  〜『Victor ノイズレスSPアーカイヴズ 都の春/今井慶松〈I〉』ライナーノーツより〜

歌詞
その時正成、肌の守りを取り出し、是はひととせ、都に戦ひ有りし時、下し給ひし綸旨(りんし)なり、是を汝に譲るなり、我れ兎も角もなるならば、世は尊氏の世となりて、吉野の山の奥深く、叡慮を悩し給はんは、鏡に懸けて見る如し、さは去りながら正行よ、暫しの難を逃れんと、弓張月の影暗く、家名を汚すことなかれ、父が子なれば流石にも、忠義の道は兼て知る、討ち洩らされし者どもを、育み扶助し隠れ家の、吉野の川の水清く、流れ絶えせぬ菊水の、旗を再びなびかせて、敵を千里に退けて、叡慮をやすめ奉れ、ああ叡慮をやすめ奉れ

2019年7月21日日曜日

姿勢の改善

ようやく怒涛の1学期が終わり、成績処理等の緊張感あふれる作業からも解放されました。
「かろうじて毎日一回は尺八を吹いてはいた」状態から、「朝昼晩、1日3回練習」で、音色や響きの回復を図っています。

ついでに、「姿勢の矯正」も思い切って始めました。僕は最初始めた時が都山だった影響で、尺八の管尻を前に出し、斜め前に構えるクセがあります。琴古流は、天蓋をかぶると尺八が当たるからとか、譜面を床に置くからとか言われますが、尺八は垂直に近く、縦に構えますよね。そういう五郎先生のようなフォームに憧れてはいるものの、少年時代の「ヒジが下がるとピシッとされる」稽古が身についていたのか、今でもかなり上げ気味で構えてしまいます。視力が良く(両目とも2.0)、相当遠くに譜面をおいても見えることもあって、譜面めくりをしなくていいように本を1mくらい遠くに置くクセも影響していたと思います。

今回、思い切って譜面を近付け、管尻が両膝の間に見えるくらいにして練習してみました。慣れの問題だと思いますが。吹奏について科学的に捉えるならば、目線はなるべく正面で楽器も前に出し、前面に響かせるようなフォームの方が合理的なんでしょうが、あの琴古流の音色はおそらく合理性だけでは成り立っていない、くぐもった陰の要素も入っていての美しさな気がします。


2019年5月26日日曜日

藍(あい)


「藍(あい)」です。
勤務校では、毎年学習で藍の栽培をしており、そこから飛んだ種が、よその畑で自然発芽したものをいくつかつんで、持って帰りました。


とりあえず植木鉢に植えてみましたが、おそらく大きく茂ってくるので、そのうち地植えに変えるかもしれません。


「出藍の誉れ」などと言いますが、藍という植物そのものは緑色で、その汁が空気に触れた時に、いわゆる「藍色」になるわけですね。近づいて観察すると、確かに葉が破れたりして、中の汁が外気に触れた所は藍色になっています。藍で生葉染めしたり、久留米絣のように本格的な藍染をする場合、液につけた後引き揚げて空気に触れさせた瞬間、パッと美しく発色するので、感動的です。


うまく大きく成長できたら、藍の生葉染でもしてみようかな…

mont-bellステッカー、Colemanのイス

5月12日の、レッスンの後にmont-bellに行って、ステッカー買ってきました。
貼ってみると…、…うーん、ちょっと小さいですね…
次に大きいサイズだと巨大すぎたし、しょうがないですね。

納車10年半にして、はじめてのプチ・カスタム。
これまで、ホイールやマフラーはもちろん、整備・修理箇所以外、どこも何も変えてませんでした。





話題が変わりますが、念願のColemanでイスを買ってきました。(@鳥栖プレミアムアウトレット)



元々僕は完全にインドア派で、クルマ好き・車中泊好きでこそあったものの、アウトドアやキャンプ用品などには全く無関心でした。同時に、イスやテーブル、ソファ等の調度品にも無頓着でした。

そうした認識が覆ったのが、今から3年ほど前、とあるバーベキューパーティーに招待して頂いた時のことです。野外で食事する気持ち良さも良かったのですが、その時に座らせてもらった、コールマンのイスの座り心地!これまでは「鉄骨に布貼っただけやん」位にしか思っていなかったのですが、信じられないくらいの抜群の座り心地のよさ。すっかり脳裏に焼き付いて離れなくなってしまいました。


あれからだいぶ経ちましたが、ついに先週購入したわけです。Colemanの「レイチェア」という、3段階リクライニングのモデル。2段階目はテレビを見たりMacやiPhoneを打ち込んだりするのにちょうどいい傾き、3段階目にすると、そのままクタッと寝られそうです…

車中泊の頃からmont-bellが好きなんで、あそこでもHelinoxなんかのイスがあってそれもよかったんですけど、Helinoxは高いんですよね…。Colemanの方が、良心的な価格だと思います。アメリカンなデザインもいい感じだし

アウトドアのギアって、そんなに高級素材で作られたりしてないんですが、一般の家具や調度品に勝るとも劣らない機能美や合理性があって好きです。僕はなんかソファとかテーブルみたいな「動かないモノ」「地面にへばり付いてるモノ」って、何故かあまり興味が出ないんですよ。可搬性があるものの方が、自由な感じがして好きです。パソコンも、デスクトップは嫌いで、ノート派です。

ついでに、ステッカーも売っていたので、レガシィに貼り付けました。mont-bellシールが小さくてさみしい感じだった所から、ちょうどいい雰囲気になりました。


2019年5月6日月曜日

レガシィの「低燃費/低排出ガス認定ステッカー」剥がし

愛車レガシィのリアウインドウに新車の頃から貼ってあった、所謂「低燃費/低排出ガス認定ステッカー」を剥がすことにしました。

僕自身は基本的に「何も足したり引いたりしない派」というか、オリジナル通りでカスタムや改造などをしない方なんですけど(尺八も指孔や管尻なんかを弄ったりは絶対しない)、10年半乗ってるうちに風雨にさらされ続け、少しずつ劣化して半透明のようになり、「ちょっとね…」な外観になってきたので、思い切って剥がすことにしたわけです。



ネットで検索すると、シール剥がしなんかよりも「熱を加える」というのがキレイに剥がすコツらしいので、ドライヤーで暖めてはカッターの刃でスクレイパーのように剥離するというのを繰り返しました。






子どもの頃からシールを剥がしたりするのは好きなので、二枚とも大きく裂けたりせず、割合キレイに剥がすことができました。二枚ともラップフィルムに挟んでファイルに綴じ、保存してあります。



ガラス面にこびりついた糊は、ドライヤーを当てながらカッターで取り除いていくと、殆ど取れました。あとは、アルコールティッシュやメラミンスポンジでゴシゴシ。楕円形の輪郭跡は残りましたが、概ねキレイになりました。



気分を変えるために、mont-bellか何かのステッカーでも貼ってみるかもしれません。

2019年5月3日金曜日

やっぱり内吹きかも

「内吹きから脱却」とか書きましたが、やはり自分は内吹きになっているのかなと思えてきました。

外側に吹いていると、長い本曲などが途中で持たなくなってくるのです。
唇やその周りが硬くなってくるというか…

加えて、息子がふざけて、僕が吹いている時に、管尻の方から息を吹き込むイタズラをしてきたのですが、やはり僕の息は管尻から出てきているらしいです。で、息子が吹き込んだ時には、息は歌口まで到達し、こちらの息が邪魔されて音が出ないということになる。小学一年生の息でもそれくらいの威力があるということは、結構大人の吹き込みだとガンガン管内に入っているんでしょうね。


結局、「内吹き」というか、歌口から管の内径に沿って吹き込むようなイメージに修正しました。吹き心地は、以前と大体同じような感じで、霧海ヂ鈴慕を通し吹きしても、違和感ないフィーリングでした。

最終的に死ぬまであれこれ吹き方は試行錯誤なんでしょうね。

2019年4月29日月曜日

平成最後のひとりごと…

31年間続いた平成という時代が終わろうとしています。平成元年は、自分は7歳。小学1年生の冬に昭和天皇が崩御され、元号が改まったのだと考えると、確かにかなり昔のことのように思い出されます。大学に入学したのは平成12年、琴古流を本格的に学び始めたのは平成の半ばだったわけですね。当時はまだまだ青譜も楽器屋さん巡りをすれば新品を揃えることが可能で、減ってきたとはいえ地方部でも温習会等も盛んであり、まだまだ「日本版パトロン制としての家元制度」が健在だった時代だったんだなぁと思い返されます。ただ、少しずつ製管師の方や楽器屋さんなどは危機感を感じ始めておられたようで、我々奏者よりも一足先に未来の景色が予見されていたのでしょう。「本気で盛んにしようとしてるわけ?」といった意味のことを尋ねられたことがあります。僕はまだその時には「『ホンモノ』さえちゃんとやってれば、お客さんやお弟子さんは自然と付いてくる」と固く信じ切っていました。


僕が「やはり、この体制ではもはやダメなんだ…」と悟ったのは、関西から九州へ帰郷し、僻地の勤務校や地方の暮らしでのさまざまな体験や見聞を経た、平成29年ごろからです。そういう結論を出さざるを得ない、これからの日本の姿。少子高齢化に伴う凄まじい人口減。地方部の文化的活動の低迷ぶり。こうした現実を目の当たりにし、既存の提携関係や囲い込みの中でのみ残存している『伝統芸能』という姿は、不健全なものであるということにようやく気がついたのです。それは、「日本版パトロン制としての家元制度」の存続自体を目的にしてしまっている。そのために、永遠なる「お勉強させて頂きます」の繰り返し。本当にそれで人々が幸せになって行けるのか。誰がそれで喜んでいるのか…。


芸系の正当性云々や芸のあるべき継承方法、「私はまだまだ未熟だと気がついた」的な自覚…、そうしたものは、僕自身が平成の後半期、15年程度ドップリ浸かっていた価値観であり、その言っている意味はわかるつもりです。でも、はっきり言ってそんなこと言ってるような状況ではないんじゃないですか?音楽なんだから、演奏したり聴いたりする人自身が、真に幸福を感じられるものでないと、この先激変する時代の価値観の中で生き延びていくはずがないでしょう。「よく良さが分かんないんだけど、なんか上の人が良いって言ってるから良いんだろう」とかで、痩せ我慢して分かってるフリをしたりとか、意味ないと思います。「残月は三回生まれ変わってようやく弾けるようになれる」とかの話。もちろん、当時の名人が長い修練を重ねた上での嘘偽りのない本当の実感だったのでしょう。しかし、この現代にそうしたエピソードをステイタス的に語ってみて、音楽が良くなるのでしょうか。



僕は尺八本曲や地歌箏曲というのは、本当に素晴らしい音楽だと思いますし、好きな曲は本当に好きです。ただ、「自分はまだまだ修行が足りません」とか「お勉強させて頂きます」とかは、もう言ったり考えたりしないつもりです。傲慢になりたい訳ではありませんし、日々の練習という努力はずっと続けています。ただ、根本姿勢が「音楽を楽しんで、その結果幸せになる」でないと、せっかくの素晴らしい『鹿の遠音』も『八重衣』も、ちっとも輝かないと思うんですよね。自分自身が幸せを実感するために、尺八という楽器や、演奏する楽曲と向き合っていきたいと思います。


2019年4月22日月曜日

webセミナー終了のお知らせ

「場所や時間に左右されない、インターネット上の琴古流尺八セミナー」として、2年間にわたりご愛顧いただきましたが、このたび令和元年5月7日をもちまして、公開終了とさせて頂くことと致しました。

詳しいご案内は、こちら…

※すでに受講された方は、メールでお送りしたURL(動画や楽譜データのアドレス)を手元に控えて頂けましたら、今後ともご視聴や譜面のダウンロードは引き続き可能です。
※受講生様のご質問等のメールサポートは、今後とも継続して受け付けております。
※その他、ご質問、お問い合わせはメールにて受け付けておりますので、どうぞよろしくお願い致します。

「内吹きの呪縛」からの脱却

竹盟社の師範を返納してから、はや1年になります。

最近、ふと思うところがあって「内吹き」の意識をやめてみることにしました。
五郎先生、ひいては「竹盟社の吹き方」=「内吹き」みたいな、強い意識があったのですが、そういうのをやめてみようと思ったわけです。

これまで「内吹きでなきゃ」みたいな強い固定観念がありました。

「竹盟社の音色を出さなきゃ」と言い換えてもいいかもしれません。



…「内吹き」「外吹き」というのは何かと言うと、エアリード楽器においてはなぜ音が出るのかという話になりますが、要は歌口のエッジに空気が当たるとき、ほんのちょっと内側か外側かどちらかの空気量が多いそうですね。その差によって、振動が起こるんだそうな。その、内側が空気量が多いのを「内吹き」、外側が多いのを「外吹き」ということだそうです。

通常、「大きな音」というか、「ビィィィーーーーーン!!」と鳴らすのは外吹きのイメージというか、「外吹きの方がいい」という人も多いですね。それに対して内吹きは五郎先生のようなソフトで暖かいイメージがあります。勝手なイメージでしょうが。青木鈴慕先生も実は内吹きだそうだという話も聞いたことがあります。

見分け方としては、乙のロを吹いたとき、管尻にロウソクを近づけると火が消えるのが、内吹きらしいです。


で、長々と書いてきましたが、おそらく多分僕自身は「内吹き」が元のスタイルではないような気がする(これもあくまで「気がする」ですが)というか、「竹盟社の音色にしたいから、バリバリ内吹きを意識して無理に吹いていた」というのがあったわけです。そこからついに脱却できたということです。「管の内側に入れなきゃ!」という力みが取れたというか。そうすると、仕事帰りの疲れたときでも今までより音が出やすくなりました。

でも、ロウソクの実験はしてないので、本当の所どうなんでしょう。あぐらをかいて、管尻を足に近づけると、乙のロでは空気が管内を通って皮膚に当たっている感触はありますが。科学的ではないですね。


…なんにせよ、「思い込み」による「力み」が取れたのが、きっと1番の成果なんだと思います。

2019年3月28日木曜日

京鈴慕

【京鈴慕(Kyo Reibo)山口 翔】
「鈴慕」の名称につきましては「九州鈴慕」のときにご紹介したとおり、「虚鐸伝記」の故事に関連付けられ尺八曲のジャンル名になったり、単に「尺八の曲名」という意味をなす接尾語のように使われたりし、その結果、日本各地の虚無僧寺に「○○鈴慕」という曲が伝わるようになったようであります。

その意味からすると「京鈴慕」は、「京都に伝わる鈴慕」という意味に解釈できます。

名前の通りこの曲は「志図の曲」「琴三虚霊」「吉野鈴慕」とともに、京都の宇治吸江庵にて、龍安より初世黒沢琴古が伝授されたということです。

平成31 327日撮影
撮影機材:iPhone 8




2019年1月26日土曜日

「外曲スランプ(?)」克服、『御山獅子』

…実は、昨年末くらいから色々余裕がなくなり、「外曲が吹けなく」なっていたんです。前歌の途中くらいになると、クラクラ・ゼエゼエ…。
まるで何かのトラウマのように…
本曲だと、20分でも30分でも吹けるんですけど。

「これはイカン」ということで、外曲を全く吹かないことにしました。唯一の例外が、正月の六段(実際には12/27演奏)。あの時は、六段を通すのがやっとでした。

本日、ふと「御山獅子、やってみようか」と思い、時々間違えて止まりながらも、最後まで通せました。「おおっ!」と思い、「さらし」「八重衣」「桜狩」と吹いてみました。八重衣はさすがに中チラシと百拍子で間違えてやり直してみましたが、どの曲もそんなに苦にならず通せました。「外曲を吹く楽しさ」を久しぶりに味わうことができました。

「外曲スランプ」から救ってくれた「御山獅子」に感謝です。
記念に演奏動画を撮ってみました。ところどころ粗がありますが、素直な現状の演奏ということで…。


2019年1月17日木曜日

レガシィ、23万km達成!!

本日夕方6時頃、レガシィの走行距離が23万kmに達しました。

これまでの無事故と、この素晴らしいクルマに感謝しつつ、また次の1万キロ、1年間…を重ねていきたいものです。




2019年1月12日土曜日

春小町の春告鳥

筑前琵琶の石橋旭姫さんとご一緒に、出演させて頂きます。
筑前琵琶、尺八演奏
〜春告鳥の琵琶茶席〜
2月10日 15時より
料金3500円(お茶菓子、お抹茶)
定員6名(要予約)
筑前琵琶と尺八の演奏後、お抹茶席をご用意しております
琵琶演奏 石橋旭姫
尺八演奏 山口翔
お茶 堀明日香



2019年1月11日金曜日

10周年を迎えたレガシィ、修理に至るまで…

Facebookに、年末年始のレガシィの動向を記録していましたので、ここにまとめておきたいと思います。

1227日(木)
オイル漏れゾーンを拭いてみました。





一番怪しい感じの、上の写真に写っている、布テープ状のアース線(とクルマ屋さんが言っていた)を中心に拭いてみましたが、そこまでダダ漏れじゃないですね。こないだのは、よっぽど溜まりに溜まった一滴だったんでしょうか?

というか、エンジンルームの横の隙間、めっちゃ狭いです。さすが水平対向

前からシリンダーヘッドを撮りましたが、点火プラグ周りは確かにオイルが滲んでますね。しかし、こちらもダダ漏れという感じでもないです。修理してキッチリ治ってほしいところです。

というか、よく考えたらこれまでろくにエンジンルーム触ったことないんですよね。オイル交換も、全部してもらってるし。中2の頃、ワーゲンの空冷フラット4を分解したころの精神は何処へいや、取り戻さねば!

明日からの帰省、レガシィで下道でノロノロ帰ります。時々ボンネット開けながら。


1228日(金)
結局諸事情により、「下道でノロノロ」のはずが、高速で広島まで帰省しました。時々エンジンルームをチェックしましたが、あれ以来オイルの滴りも煙もなく、ホッとしています。ただ、スピードは控えめに、基本100キロ巡行(5速で2500回転)でした。




その後、特にエンジン不調等もなく、往復762キロの旅程を無事に走り切りました。



14日(金)
Facebook上で色々なお知り合いから励まして頂いたりして、「やはり修理しよう!」という気持ちが固まって行きました。そんな中、こちらの動画との出会いがありました。1967年式のフォルクスワーゲンを、22歳の時に新車で購入して51年間、走行距離は35万マイル(≒56万キロ)、11ヶ月をかけてレストア、蘇ったそうです。心から素晴らしいと思いました。オーナーの女性の眼に浮かぶ涙には、心打たれますね。





15日(土)
以前から、同じ「BP5型レガシィ2.0iMT車」に乗られ、ブログを書かれていた獅子丸さんの記事に、似たようなオイル漏れの修理が記録されていましたので、思い切ってコメントしてみたところ、お知り合いになることができました。大変心強い同士と出会うことができ、新年初売りの福岡スバルへと直行、修理の依頼を行いました!



110日(木)
年末のオイル漏れ発煙事件から2週間ほど経過しましたが、ようやく修理に出すことができました!!バンザーイ!!!



今日預けて、明日の夕方に受け取りです。

走行距離は、もうあと一息で23万キロになりそうです。
無事修理完了して、これからも出来るだけ長く乗りたいところです。



代車は、同じくスバルの「XV」でしたが、さすが僕のクルマより10年後のクルマ、車体剛性が物凄いシッカリしています。アイサイトやら電動パーキングブレーキやら、プッシュのスターターやら、今時の装備満載です。



ということは、少しずつ僕のクルマも「古いクルマ」になっていってるんですね。大事に乗らないと。とにかく無茶な運転はせず、「旧車」にでも乗っている気分で、丁寧に運転したいと改めて思いました。



111日(金)
無事、修理完了です!

左右とも、シリンダーヘッドがオイル漏れのギトギトから、アルミ合金の銀色に戻っていました。

この機会に点火プラグも変えました。また別の機会にやると、手間がかかって工賃も馬鹿になりませんので。気になっていた排ガスの数値も、改善されたそうです。ありがたや。





帰りがけに気がつきましたが、エンジン音が少し小さくなっていました。アクセルをガバッと開けた時に、これまで「バリバリッ!!」とちょっとガサついていた感じだったのが、リニアなスムーズさを感じられるように思えました。やはり点火プラグに漏れたオイルや煤が付いて、やや燃焼が悪くなっていたのかもしれません。

2019年1月6日日曜日

福岡市総合図書館エントランスホール 新春 アフタヌーン邦楽コンサート

昨年末にブログ上でもご案内させて頂きました、新春邦楽コンサートは、おかげさまでたくさんの方にご来場頂き、無事終了致しました。

足をお運び下さいました皆様に御礼申し上げると同時に、この機会を頂いた重兼さん、谷本さんにも感謝いたします。


動画は、山口が演奏した「巣鶴鈴慕」です。
やはり動画の収録と違って、「本番」には独特の緊張感があり、ちょっと後半は固くなってしまった自分がいました。本番の経験を積むことは、何事にも代え難いことですね。

実家から母も駆け付けてくれ、聴いてくれました。ありがたいことです。


2019年1月2日水曜日

志図の曲

【志図の曲(Shizu no Kyoku)山口 翔】

明暗真法流、対山派などにも同名曲があり「賤(子)の曲」「志津の曲」などとも書かれるようです。

「しず(しづ)」とは、「しづ(静・鎮)める」の意であり、一切の修行が成就することを願う意味を含む曲だとも言われているそうです。曲は冒頭、高く激しい音より始まって、次第に鎮まりを見せ、曲の最後には尺八の最低音(筒音)まで下がって終わります。

「京鈴慕」「琴三虚霊」「吉野鈴慕」とともに、宇治吸江庵にて龍安より初世黒沢琴古が伝授されました。

平成30 1226日撮影

撮影機材:iPhone 



九州鈴慕

【九州鈴慕(Kyushu Reibo)山口 翔】
「鈴慕(れいぼ)」とは、尺八本曲の曲名・ジャンル名であり、古伝三曲の一つ「霧海篪鈴慕」と関係を持つ楽曲群を広く指すようです。

虚無僧に関する伝説「虚鐸伝記」に、普化宗の祖と仰がれる普化禅師が、中国・唐代に街中を鈴(鐸)を振りながら練り歩き「四打の偈」を唱えてまわったこと、それを慕った弟子の張伯が、その鈴の音を模して竹の笛を吹き、これが虚無僧尺八の源泉となったこと、などが記載されています。

この伝説に関連させて付けられた尺八の曲名「鈴慕」が生まれ、日本各地の虚無僧寺に伝わる楽曲の多くが「○○鈴慕」となったり、
単に「尺八の曲名」という意味をなす接尾語のように使われたりして、広まっていったようです。

「九州鈴慕」は、「九州地方に伝わる鈴慕」という意味に解釈できます。
実際にはいくつかの流派にそれぞれ違った伝承があり、「同名異曲」(名前が同じでも異なった楽曲)が複数存在する楽曲です。

琴古流本曲の「九州鈴慕」は、虚無僧寺の総本山である、下総小金・一月寺の本則、福田傳次(義好)より初世黒沢琴古が伝授されました。

平成30 1226日撮影

撮影機材:iPhone 8



2019年1月1日火曜日

平成31年は、「六段」から

あけましておめでとうございます。

本年最初の演奏公開は、4年ぶりの「六段の調」です。

今後とも心を込めて琴古流尺八を演奏してまいりますので、
どうぞよろしくお願い申し上げます。