昨年末にブログ上でもご案内させて頂きました、新春邦楽コンサートは、おかげさまでたくさんの方にご来場頂き、無事終了致しました。
足をお運び下さいました皆様に御礼申し上げると同時に、この機会を頂いた重兼さん、谷本さんにも感謝いたします。
動画は、山口が演奏した「巣鶴鈴慕」です。
やはり動画の収録と違って、「本番」には独特の緊張感があり、ちょっと後半は固くなってしまった自分がいました。本番の経験を積むことは、何事にも代え難いことですね。
実家から母も駆け付けてくれ、聴いてくれました。ありがたいことです。
2019年1月6日日曜日
2019年1月2日水曜日
志図の曲
【志図の曲(Shizu no Kyoku)山口 翔】
明暗真法流、対山派などにも同名曲があり「賤(子)の曲」「志津の曲」などとも書かれるようです。
「しず(しづ)」とは、「しづ(静・鎮)める」の意であり、一切の修行が成就することを願う意味を含む曲だとも言われているそうです。曲は冒頭、高く激しい音より始まって、次第に鎮まりを見せ、曲の最後には尺八の最低音(筒音)まで下がって終わります。
「京鈴慕」「琴三虚霊」「吉野鈴慕」とともに、宇治吸江庵にて龍安より初世黒沢琴古が伝授されました。
平成30年 12月26日撮影
撮影機材:iPhone
九州鈴慕
【九州鈴慕(Kyushu Reibo)山口 翔】
「鈴慕(れいぼ)」とは、尺八本曲の曲名・ジャンル名であり、古伝三曲の一つ「霧海篪鈴慕」と関係を持つ楽曲群を広く指すようです。
虚無僧に関する伝説「虚鐸伝記」に、普化宗の祖と仰がれる普化禅師が、中国・唐代に街中を鈴(鐸)を振りながら練り歩き「四打の偈」を唱えてまわったこと、それを慕った弟子の張伯が、その鈴の音を模して竹の笛を吹き、これが虚無僧尺八の源泉となったこと、などが記載されています。
この伝説に関連させて付けられた尺八の曲名「鈴慕」が生まれ、日本各地の虚無僧寺に伝わる楽曲の多くが「○○鈴慕」となったり、
単に「尺八の曲名」という意味をなす接尾語のように使われたりして、広まっていったようです。
「九州鈴慕」は、「九州地方に伝わる鈴慕」という意味に解釈できます。
実際にはいくつかの流派にそれぞれ違った伝承があり、「同名異曲」(名前が同じでも異なった楽曲)が複数存在する楽曲です。
琴古流本曲の「九州鈴慕」は、虚無僧寺の総本山である、下総小金・一月寺の本則、福田傳次(義好)より初世黒沢琴古が伝授されました。
平成30年 12月26日撮影
撮影機材:iPhone 8
2019年1月1日火曜日
平成31年は、「六段」から
あけましておめでとうございます。
本年最初の演奏公開は、4年ぶりの「六段の調」です。
今後とも心を込めて琴古流尺八を演奏してまいりますので、
どうぞよろしくお願い申し上げます。
本年最初の演奏公開は、4年ぶりの「六段の調」です。
今後とも心を込めて琴古流尺八を演奏してまいりますので、
どうぞよろしくお願い申し上げます。
2018年12月26日水曜日
レガシィ納車10周年記念の日
今日はレガシィ納車10周年記念の日…
思いもかけず、クルマ屋さんへ赴くことになってしまいました。
昨日、エンジンルームから煙が出てきてしまったのです…
診断結果は、シリンダーヘッドのタペットカバーのパッキンからのオイル漏れとのこと。
水平対向エンジンの構造上、そこから漏れたオイルが下にある排気管に垂れてしまったんだそうです。
水平対向エンジンの構造上、そこから漏れたオイルが下にある排気管に垂れてしまったんだそうです。
直すためには、左右両方のパッキンの交換、そして点火プラグのコードにまでオイルが染みている可能性があるので、プラグとプラグコードも交換。工賃込みで50000円コースとのこと…
うーん、頭が痛いですね…
直ちに治したいのですが、そもそも年末で部品も入らないし、どのみち持ち帰って一度家族会議だと思います。
直ちに治したいのですが、そもそも年末で部品も入らないし、どのみち持ち帰って一度家族会議だと思います。
これを治しても、また50000円コースの修理なんかが続発するんじゃ?みたいな話題になるでしょうね…
因みに、丁度10年前、平成20年12月26日の午前に納車でした。その時の走行距離はたったの9キロ。今日は昼から運転だったので、発進前にメーターを撮りました。228560キロとのことです。丁度10年で、228551キロの走行距離、よく頑張ってくれたものです。感謝ですね。
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| 冴えない天気で、明け方の雨に車体も濡れていたので、と 田主丸の耳納連山とともに。 |
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| 10周年のオドメーター |
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| 納車時の記念写真。ピカピカで眩いですね。 |
2018年12月6日木曜日
Queen
最近、Queenの映画が話題になってますね。
僕がQueenファンになったのは高校生だった1997年頃、母の影響でした。その頃はネットやYouTube、ウィキペディアなどもなく、解散(Queenの場合は正確には解散ではないのかもしれませんが)してしまったバンドの情報を得ようとすると、レコードやCDのライナーノーツや書店に置いてある数少ない書籍、これまた在庫数の少ないライブビデオくらいしかありませんでした。そうした情報量のなさによる不自由は、今考えると逆に愛好者の情熱をより一層掻き立てていたのかもしれません。
これらの中でも特に思い出深いのは、当時博多の書店で買った「Queen Live クイーンコンサートドキュメンタリー〜伝説の証」という本です。情報網が限られたであろう当時、よくこんな詳細でマニアックなものが書けたなと、今考えても感心するくらいのものです。ウィキペディアにはない味わいというか、「情報」というよりも、中身のエピソードや文書そのものが「暖かい」というか「熱を帯びている」んですよね。僕のQueenに関する知識は、ほぼこれによるものです。
それから、黒いジャケットのCDは、1992年にフレディ追悼版としてリリースされた「ボヘミアンラプソディー/These are the days of our lives」のシングル。僕が初めて買ったQueenのCDです。97年当時はまだCDショップの店頭に新品で並んでました。二枚のLPレコードは、母が若い頃買ってテープにダビングした後、そのまま持っていて譲ってもらったものです。Queen IIの「サイドホワイト」が好きで、よく父の部屋のステレオを借りて針を落としたなぁ…。僕はフレディよりも、どちらかというとブライアンのファンなんですよ。
話題がそれますが、ブライアン・メイのギターサウンドって、暖かみのある太くて丸みがある音色で、音の一番最初からすごくビブラートをかけますよね。あの音、しびれます。大学に入ってから山口五郎先生の音にとりつかれましたが、魅力の要素が似てますよね。元々、僕は尺八をやる前は小学生の頃からクラシックが好きで「チェロを習いたい」とずっと思っていたんです。そちらにはとんと縁がなく、妙なことに全く違う方向の尺八をやることになりましたが。しかし、考えてみれば、チェロの音も、ブライアンのギターや五郎先生の尺八のサウンドと似てるかもしれません。僕の中で「暖かみのあるふくよかな音色+最初からビブラート」って、心を揺さぶられる要素であるようです。
尺八をやってると、よく「なんで最近っからユリをかけるの!?」という話題になりやすいですが、そういう美意識もありますよね。なんでいけないんでしょう?クラシックとかでは当然の表現ですよね。「途中からかけるのがいい」みたいなのは、どちらかというと演歌やポップスの表現なんじゃないでしょうか?まあ、「途中からビブラート」や「ノンビブラート」を否定したり嫌ったりしている訳でもないですが。好みの問題ですよね。
僕がQueenファンになったのは高校生だった1997年頃、母の影響でした。その頃はネットやYouTube、ウィキペディアなどもなく、解散(Queenの場合は正確には解散ではないのかもしれませんが)してしまったバンドの情報を得ようとすると、レコードやCDのライナーノーツや書店に置いてある数少ない書籍、これまた在庫数の少ないライブビデオくらいしかありませんでした。そうした情報量のなさによる不自由は、今考えると逆に愛好者の情熱をより一層掻き立てていたのかもしれません。
これらの中でも特に思い出深いのは、当時博多の書店で買った「Queen Live クイーンコンサートドキュメンタリー〜伝説の証」という本です。情報網が限られたであろう当時、よくこんな詳細でマニアックなものが書けたなと、今考えても感心するくらいのものです。ウィキペディアにはない味わいというか、「情報」というよりも、中身のエピソードや文書そのものが「暖かい」というか「熱を帯びている」んですよね。僕のQueenに関する知識は、ほぼこれによるものです。
それから、黒いジャケットのCDは、1992年にフレディ追悼版としてリリースされた「ボヘミアンラプソディー/These are the days of our lives」のシングル。僕が初めて買ったQueenのCDです。97年当時はまだCDショップの店頭に新品で並んでました。二枚のLPレコードは、母が若い頃買ってテープにダビングした後、そのまま持っていて譲ってもらったものです。Queen IIの「サイドホワイト」が好きで、よく父の部屋のステレオを借りて針を落としたなぁ…。僕はフレディよりも、どちらかというとブライアンのファンなんですよ。
話題がそれますが、ブライアン・メイのギターサウンドって、暖かみのある太くて丸みがある音色で、音の一番最初からすごくビブラートをかけますよね。あの音、しびれます。大学に入ってから山口五郎先生の音にとりつかれましたが、魅力の要素が似てますよね。元々、僕は尺八をやる前は小学生の頃からクラシックが好きで「チェロを習いたい」とずっと思っていたんです。そちらにはとんと縁がなく、妙なことに全く違う方向の尺八をやることになりましたが。しかし、考えてみれば、チェロの音も、ブライアンのギターや五郎先生の尺八のサウンドと似てるかもしれません。僕の中で「暖かみのあるふくよかな音色+最初からビブラート」って、心を揺さぶられる要素であるようです。
尺八をやってると、よく「なんで最近っからユリをかけるの!?」という話題になりやすいですが、そういう美意識もありますよね。なんでいけないんでしょう?クラシックとかでは当然の表現ですよね。「途中からかけるのがいい」みたいなのは、どちらかというと演歌やポップスの表現なんじゃないでしょうか?まあ、「途中からビブラート」や「ノンビブラート」を否定したり嫌ったりしている訳でもないですが。好みの問題ですよね。
2018年11月20日火曜日
新春邦楽コンサート(福岡市総合図書館)出演のお知らせ
来たる平成31年1月6日、福岡市総合図書館(早良区百道浜)で開催されます、新春邦楽コンサートに出演させて頂くことになりました。
琴古流尺八奏者3名(重兼正道、谷本 史童、山口 翔)による、古典本曲の世界をお届けします。僕は「三谷菅垣」「巣鶴鈴慕」「雲井獅子」の3曲を演奏します。
重兼さんは竹心会系、谷本さんは童門会の芸系ですので、同じ琴古流ではありますが、三者三様の展開となりそうです。もしお時間がありましたら、ぜひ足をお運びくださいませ。
琴古流尺八奏者3名(重兼正道、谷本 史童、山口 翔)による、古典本曲の世界をお届けします。僕は「三谷菅垣」「巣鶴鈴慕」「雲井獅子」の3曲を演奏します。
重兼さんは竹心会系、谷本さんは童門会の芸系ですので、同じ琴古流ではありますが、三者三様の展開となりそうです。もしお時間がありましたら、ぜひ足をお運びくださいませ。
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