2017年6月1日木曜日

【web演奏会】10分で琴古流本曲「巣鶴鈴慕」

32回山口籟盟web演奏会【10分で琴古流本曲(20)「巣鶴鈴慕」】
ふだんなかなか耳にする機会のない琴古流尺八本曲を
聴きやすい「10分程度」の演奏でお届けするシリーズです。

琴古流本曲表のうち20曲め、表の曲の最後を飾るのが「巣鶴鈴慕(そうかくれいぼ)」です。「琴古手帳」によれば、京都宇治吸江庵にて龍安より下総一月寺の御本則小嶋丈助(残水)が伝来し、同人から琴古が伝承したということです。かつては「鶴の巣籠(つるのすごもり)」と称したようですが、琴古の高弟・宮地一閑の一門(一閑流)において「巣鶴鈴慕」と称すようになり、のちに豊田古童が一閑・琴古両流の流れを受け継いだ関係で、それ以降の琴古流においては「巣鶴鈴慕」と呼ばれるようになったということです。

「鶴の巣籠」とは、尺八本曲、さらには胡弓の本曲としても有名な楽曲であり、地域ごとに様々な伝承が伝わっています。「焼け野の雉子(きぎす)、夜の鶴」という言葉があり、これは「野を焼かれるときに雉(きじ)の親は身の危険をかまわず子を助けようとするし、寒い夜、巣篭もっている鶴は、自分を忘れて子を暖めるためにその翼で覆うものである」つまり親の子に対する深い愛情を意味するものだそうです。「夫婦愛」を描いた「鹿の遠音」とともに、「親子の愛情」を表現したこの「鶴の巣籠(琴古流では「巣鶴鈴慕」)は、普化宗の禅味を帯びた宗教的楽曲の多い尺八古典本曲の中でもとりわけ表現的技巧に富み、名曲と称されることが多いように思います。江戸時代から「尺八の曲といえば鶴の巣籠」というイメージを持たれるほどに有名だったようで、歌舞伎の「仮名手本忠臣蔵」九段目で、加古川本蔵が虚無僧姿で登場して吹くことでも有名です。

琴古流の「巣鶴鈴慕」は十二段から成り、鶴の巣づくり、子育て、親子の情愛、そして子の巣立ちまでを描いています。曲調の特色としては、1・2孔を交互に開閉してトレモロのような音を出す「コロコロ」、喉仏でフラッターのように小刻みの音を立てる「玉音(たまね)」などが羽ばたきや鶴の鳴き声を表現するほか、この曲にしかない独特の指使いやアタリ、連続音の指使いなどが多数あり、36曲ある琴古流本曲の中でも特に高度な技巧を要する難曲とされています。また、この曲は琴古流尺八の人間国宝で竹盟社宗家であった故・山口五郎師の「十八番」としても有名で、昭和52年(1977)に米国無人惑星探査機「ボイジャー2号」に搭載された、いわゆる「ゴールドディスク(「地球の音」を宇宙に向けて発信した純金製のレコード)」に、「日本を代表する音」として五郎先生の演奏された「巣鶴鈴慕」が収録されています。竹盟社の琴古流尺八演奏家としても、特に「巣鶴鈴慕」は会派の誇りとする代表的楽曲であると同時に、演奏するのに大変気が張る曲でもあります。

「巣鶴鈴慕」は同一フレーズの繰り返しが多く、大体どの旋律も3回の繰り返しが譜面に指事されています。ただ、実際の演奏ではそうした繰り返しは省略することが多く、もし省略した場合でも十二段すべての旋律を演奏するとなると20分以上の時間を要します。私が師匠からお習いした際は、この「3回繰り返し」を省略し、全十二段を通す「23分バージョン」と、十二段すべてを演奏するわけではないものの、主な旋律や曲の聴きどころを中心に抜粋した「13分バージョン」の二通りをお習いしました。今回は後者の「13分バージョン」の演奏(実際の演奏にかかったのは12分と少々)をお届けいたします。難曲ゆえ、全ての旋律が完全な理想通りの仕上がりとまでは言えませんが、現段階での自分の力で演奏した「巣鶴鈴慕」ということで、お聴きいただければありがたいです。

なお、この「巣鶴鈴慕」で琴古流本曲の「表の曲」が全て終了します。20ヶ月をかけて、琴古流本曲の表の曲を全て演奏公開することができましたのも、聴いてくださる皆様のおかげと心より感謝申し上げます。

それから、この「巣鶴鈴慕」のあと、私、山口籟盟の「web演奏会」は、しばらくお休みを頂きます。「web演奏会」名義の動画が32本、「ジョイントweb演奏会」や、その他のライブなどの動画も含めると50本程度の動画を公開させて頂くことができましたが、「而今の会」の準備が本格化してきたことと、ちょっと一度「オフ」にすることで、しばらく自分の演奏と動画との関わり方を見直してみたいと考えております。これまで長らくの「動画での演奏会」のご愛顧、本当にどうもありがとうございました!!





「山口籟盟web演奏会」は、ふだんなかなか耳にする機会のない

尺八音楽を、インターネット上で公開する取り組みです。

2017年5月27日土曜日

「而今の会」メンバー3名の「素顔」記事リレー

「而今の会」ブログで、4月末~5月にかけて、メンバー3人の「素顔」にせまる記事リレーを掲載しました。

「而今の会の3人って、一体どんな人たちなんだろう
そんな風に興味を持っていただいた方には、その一端をご覧いただけるかもしれません。

どうぞ、ご覧ください。


・東啓次郎さん


・山口籟盟


・大庫こずえさん


2017年5月14日日曜日

筑前琵琶の石橋旭姫さんとの共演、再び!

筑前琵琶の石橋旭姫さんとご一緒に、JAPAN TRIODE MEETING FUKUOKAという、世界的なオーディオ・イベントにて演奏させていただきました。

大正8年の建築だというご本堂は、本当に「日本建築ならではの、和楽器本来の響きが味わえる空間」であり、素晴らしいものでした。

今回は世界でも指折りのオーディオ・マニアの方々の前での演奏ということで、照明もほぼろうそくの明かりのみで、かつての日本で純邦楽を奏でていたであろう空間を再現しての演奏でした。海外の方が非常に多かったですが、とても熱心に演奏を聴いてくださり、演奏終了後には琵琶にも尺八にも人だかりができて、熱心に質問をしたり楽器に触れてみたり、演奏の感想を熱く語ってくださったりと、心から「ここで演奏してよかったなぁ!」と思いました。

石橋さん、そして演奏機会をくださったJTM主催の皆様、本当にどうもありがとうございました。

 

2017年5月13日土曜日

【web演奏会】10分で琴古流本曲「鈴慕流」

31回山口籟盟web演奏会【10分で琴古流本曲(19)「鈴慕流」】
ふだんなかなか耳にする機会のない琴古流尺八本曲を
聴きやすい「10分程度」の演奏でお届けするシリーズです。

琴古流本曲表のうち19曲めは、「鈴慕流(れいぼながし)」です。「琴古手帳」によれば、一月寺御本則橋本半蔵(左文)より傳来した曲で、そのときに「葦草鈴慕」を懇望されたので、勇虎尊師に届けた上で交換伝授を行ったということです。

琴古流以外の古典本曲の伝承の中には「流し鈴慕」という曲名も聞きます。同一曲かどうかは詳しく分かりませんが、古来、虚無僧の托鉢行脚の際に吹き流して歩いた曲かと思われます。「鈴慕」という曲名は、普化宗においては「普化禅師の鐸(大きな『鈴』)の音を『慕』って、弟子の張伯が普化尺八の原型の竹笛を吹いて付き従った」という故事から来たものとされていますが、その語源が真実であるならば、漢文の文字列(動詞が目的語の前に来る)からして「慕(レ)鈴」となるべきはずであり、実際には「れんぼ(恋慕)」という一節切の曲にそうした伝説を結びつけた、後付けの当て字と解釈すべきものであるようです。ただ、この「鈴慕」が名前に含まれる琴古流本曲・古典本曲は実に数が多く、もともとは「虚無僧が托鉢で吹き流す曲」というニュアンスを持つタイトルだったのが、「巣鶴鈴慕(琴古流における「鶴の巣籠」の改名されたもの)」のように単に「尺八の曲」というだけの意味を持つ接尾語みたいに使われるようにもなり、これが「〇〇鈴慕」という楽曲が爆発的に増えた原因なのではないかと考えられます。「むかいぢはれんぼの和名」と記す古書もあることから、一番最初は「霧海篪=鈴慕」であったとする説も聞いたことがあり、それが事実であるとすると琴古流における古伝三曲の1曲目が「霧海篪鈴慕」というタイトルであるのは、非常に歴史的にも的を得た題名であるように思えます。また、確かにこの「鈴慕流」も「霧海篪鈴慕」と共通する旋律形(「ヒゝゝゝゝ…」の多用など)は感じられますので、元をたどると「霧海篪」と関係する楽曲なのかもしれません。現在では「古伝三曲」として重く扱われる「霧海篪」ですが、昔は本曲は「霧海篪鈴慕」「虚空」から習っていた(琴古流本曲の曲順においても、かつては最初の楽曲であった)という話も聞いたことがありますし、そうであるならば、「尺八で最初に習う曲=鈴慕」ということで、その後に習う多くの楽曲が派生形としての「〇〇鈴慕」であるというのも首肯できます。…小難しい話がいろいろと出ましたが、まあいずれにせよ「〇〇鈴慕」という楽曲が数が多く、どれも虚無僧が托鉢時に「吹き流した」という性質を受け継いだものであるということからすれば「鈴慕流」という楽曲名は、そうした「鈴慕」たちの中でも、かつての本質をより濃く残す1曲なのかもしれません。

ちなみに、web演奏会「10分で琴古流本曲」シリーズのアクセス数を見ると、「琴古流本曲の10分程度の抜粋」という同一条件ながら、やはり楽曲ごとに人気の差があるようで、ここ最近にアップした曲の中では「葦草鈴慕」はやはり「楽曲がいい」というご評価を頂いたというか、実際にアクセス数も他の曲より多めだったり、「いい演奏でした」という暖かいコメントもいつもよりも沢山頂いたように感じました。その「葦草鈴慕」を橋本半蔵に「懇望」されて初代琴古が伝授したというのも、平成の現代のネット上の演奏結果からみても「なるほど!」と思うものであると同時に、この「鈴慕流」も演奏してみると確かに独特の趣があり「いい曲だなぁ~」と感じるものであります。琴古流本曲の中でも人気曲の方であり、NHKラジオなどでも時々取り上げられています。「流す」という語感が当てはまるような「レーゝー、ツメ~レーゝー、ツメ~レー、ヘー」という旋律形があり、個人的にも大変気に入っています。この「10分で琴古流本曲」という取り組みを始めたきっかけが、「琴古流本曲の受ける不当に低い評価を少しでも改善したい」という思いがあったわけですが、まさにこの取り組みの結果、こうした傾向が浮上したということはとても嬉しいことであり、やりがいを感じた次第でありまして、いつも動画をご覧いただいているみなさまには心より感謝申し上げると同時に、今回の「鈴慕流」もぜひご視聴くださいますよう、よろしくお願い申し上げます。



「山口籟盟web演奏会」は、ふだんなかなか耳にする機会のない

尺八音楽を、インターネット上で公開する取り組みです。

2017年5月5日金曜日

アゴあたりのすべり防止には、ベビーパウダー

暑い季節が近づいてきましたね。

この季節が来ると、僕の心配事は
「アゴあたりがズルズルすべること」
です。

冬は乾燥肌、夏は汗っかき…
困っています。


今日も、「笹の露」「残月」といった長い曲を練習すると、アゴのところに汗がにじみ始め…


…と、たまたま思いついたのが、
「アゴあたりにベビーパウダーを塗ると解決するのでは!?」
という思いつきなのです。



なぜ「ベビーパウダー」を持っているかというと、実は尺八とは完全に別件で、クルマのメンテナンスに使用するために最近購入していたのです。

そのメンテナンスというのは、こちら

レガシィのダッシュボードが、経年変化でべたつき始めたので、半信半疑ながらこの通りにやってみたのでした。ちなみに、こちらの方は本当にうまくいったので、ブログでレポートしなければ…と思いながら、そのままになっていたんですが…



話を戻しまして、で、尺八のズルズルすべりに効果があったかというと、ありました!!


汗がにじみ出て、普段だったら「こりゃ、やばい!」というレベルになる、額の汗、首筋の汗が気になるレベルになっても、アゴあたりだけは嘘のようにいつもの通りです。

これは、個人的に非常に大発見でした。

どのくらいの量を、どのタイミングで塗れば適切なのか、といったあたりはこれから研究を要しますが。尺八のアゴあたりにベビーパウダーが着くのが気にはなりますが、とりあえず夏の汗かきシーズンを無事乗り越えられるのであれば、有力な対策法が見つかったと言えそうです。また、詳しく使用方法が固まりましたら、続編のレポートをさせていただきます!

2017年5月3日水曜日

今日で5年目

吹料である、利道道仁銘の八寸管が手元に来て、ついに5年を迎えました。


※本日5年目を迎えた利道道仁銘八寸管


※吹き始めた当初の写真


吹料(ふきりょう)とは、「その竹で尺八家として身を立てていく楽器」というようなニュアンスの言葉で、琴古流において愛管・メインの尺八(特に八寸管)を呼ぶ時に使います。この言葉の詳しい成立過程は存じませんが、雰囲気的には虚無僧がその竹を吹いて托鉢し生きる糧を得るとか、尺八のお師匠がその竹で教授活動や演奏活動を行なって生計を立てていくとか、そんなフィーリングです。例えば山口五郎先生のあの焦げ茶色の曲管、あの五郎先生の「身体の一部」であるかのような存在感、まさに琴古の「吹料」という言葉の代表格のような竹だと思います。



5年前の53日、ゴールデンウィークの初日は、関西から郷里・福岡に転勤して最初の年でした。息子が生まれる直前で、妻は里帰りしており、僕はひとり愛車・レガシィに乗って阿蘇の利道さん宅までウキウキしながらアクセルを踏んでいました。何だかとても昔のことのような、しかしまた割と最近の事のような気がします。


あれから5年、前よりは少し色がつき、上管の中継ぎ部分にヒビが入ったので利道さんご本人に一巻き修理していただいた以外は特にノントラブルで今日までたくさんの演奏を重ねることができました。「古管」ではないのですが、僕自身が「九州の竹の音色」を感じながら、自分の楽器として琴古流尺八の演奏をしていく上で、とても自分に似合った竹だと思います。特に「リ」の音色が気に入っていて、これは吹き始めた時から僕の中で大きなポイントの一つです。琴古の竹は、乙のロばかりがビンビン鳴るようにはなっておらず、レとか、リとか、それぞれがしっかりとした音色のキャラクターを持つようにバランスよく作ってあると聞いたことがありますが、まさにそんな感じです。本曲の特殊な手も全てきちんと出ます。現代管の中には、ピッチや鳴りを重視した調律を優先することで、かなり特殊な本曲独特の指使いは鳴らなくなってしまっている尺八も多いのです。



利道さんは残念なことに数年前に亡くなってしまわれましたが、この尺八を大切に演奏し続け、その音色をこれからもたくさんの方に届けて行きたいです。自分が老いた時に、焦げ茶色の「古管」になっているのを目指します。

2017年4月29日土曜日

「地歌箏曲を楽しむ」とは

三曲界に身を置いていると、「古曲」「古典」という言い方をよく耳にします。



いわゆる「地歌箏曲」を「古曲」「古典」と呼ぶようになったのは、もちろんその対義語としての「新日本音楽」「新邦楽」「現代邦楽」が出現したからというのも理由の一つでしょうが、その呼び名のニュアンスからして「伝統的で正当なもの」「崩したりよそに漏らしたりしてはいけない伝承曲」あるいは「昔の古臭い面白くない曲」というような、様々な思いが含まれている言葉のように感じています。

僕自身は「古曲」「古典」という言い方は個人的にあまり好きではなく、基本的に「地歌箏曲」とか「三曲合奏」とか呼ぶようにしています。それは上記のような付随するニュアンス抜きに、単純に「そういうジャンルの一つの音楽」として捉えたいからです。そして僕はこの「地歌箏曲」がとても好きで、尺八奏者としてのレパートリーの中では琴古流本曲とともに「琴古流尺八の両輪」として大切に演奏していますし、音楽として楽しんでいます。



さて、この「地歌箏曲」が今後どうなっていくのか、もっと言うと音楽としてこれからの時代生き残っていくのかということを考えてみると、正直結構つらいのではないか…と予想されます。

理由なんですが、音楽的に考えてみると、まず1曲の長さが人間本来の集中力を大きく超えるほど長い。短い「六段」や「八千代獅子」でも10分弱はかかりますし、「八重衣」などは30分弱。シングルレコードの1曲は3分程度、これが通常一般の人間が特別な訓練なしに1曲を集中して聴ける時間なんだそうですね。クラシックの中でも、バロック時代の楽曲からモーツァルトくらいまでは、1曲の区切りが結構短い(短い区切りがかなり何曲も続いて1曲のまとまりになってはいますが)。王侯貴族が聴いて楽しんだり自分が演奏したりするために作っていた楽曲は、やはり「人間本来の集中力」を大きく逸脱していないわけですね。

それが、クラシックの世界でも、ロマン派以降はどんどん1曲の長さが長くなっていき、マーラーに至っては交響曲の長さが1時間を超えたりします。これは音楽の楽しみ方が「オトナの背伸びした教養」的な要素が強くなってきたこととも関係しているのではないでしょうか。ブラックのコーヒーとか、ビールの苦みとか、もちろん「味覚」として純粋に好きな人も元来いる(僕自身も両方好きです)でしょうが、「オトナの味覚」に憧れてというか、そういうのが「カッコイイ」「ステイタス」みたいな感じで、最初は苦手なのを「慣らしていって」好きになるみたいな要素があるじゃないですか。クラシックも地歌箏曲も、そういうところがあるんじゃないかと思うんですよね。ジャズにもそういう要素があるそうで、ネット上でジャズ・ギタリストが話題にされていたブログ記事も読んだことがあります。


しかし、インターネットが普及する前の情報量が限られていた時代と違って、今はあふれるくらいの情報量、音楽一つとってもあらゆるジャンルの楽曲や演奏動画がYouTubeで視聴できるというこの昨今、人々はみんな「カッコつけ」なくなり、みんな自分の価値観に正直ですよね。「いいものはいい」「つまらないものはつまらない」。あえて、初期のガマン時期を乗り越えてまで、人間本来の集中力を大幅に超過する音楽だけを追い求めなくても、本当にたくさんの選択肢があり、心に響く音楽を見つけることができます。「ストイックがカッコイイ」みたいな感じが終焉したとも言えるのではないでしょうか。




さて、話を「地歌箏曲」に戻しますが、なぜこうした音楽が成立し今日まで伝承されてきたかを考えると、「流派」や「社中制度」に支えられた「教授産業(邦星堂・大橋鯛山氏の語)」だったから、というのが現在まで色々調べたり考えたりしてきた僕の最終的な結論です。

ヨーロッパでは、音楽家や画家などが生きていくのを支えたのがパトロンだったそうですね。ケタ違いの巨大な富を持つ諸侯や貴族が、自分の勢力や教養を誇示するのも込みで、お気に入りの芸術家を抱えていた。モーツァルトが幼い頃からあちこち旅したのも、そうした抱えてくれるパトロンを探すためだったようですね。しかし、日本ではその代わりに「家元制度」が発達した。これは、トップのお家元(芸術家)を、複数の支持者(社中内のお弟子さんたち)が支える、いわば「日本版・分担方式のパトロン制度」と言えるというような説明を耳にしたことがあり、僕がこれまで色々調べた中でもっとも納得のいく説明でした(出典は失念してしまいました)。そうすると、「師匠が弟子に芸を伝授」するという体制の維持が、家元制度の維持(芸術家の生計の維持)に直結する。すると、楽曲は奥に行けば行くほど長く、難しくなり「永遠に勉強」方式となる。また、「芸を他に漏らす」ということは上記の体制維持にとって死活問題ともなりうるので、「流派内の囲い込み」も起こる。邦星堂和楽器店で尺八制作をされている大橋鯛山氏のブログで「教授産業」と表現されていますが、まさに地歌箏曲はこうした「家元制度」「社中制度」「教授産業」とセットで、これまで生き残ってきたわけですよね。だから、正直イマイチ良さを感じていなくても「古曲」「古典」などの語で一定の敬意が払われ(あるいは反発派からは「現代邦楽」の対義語・権威主義の象徴として槍玉に挙げられ)ながら、今日まで存続してきたのだと思います。しかし、それもネットの普及による、時代と価値観の変化によってあやうくなってきた、まさに今はそんな段階だと思います。




僕はこの「地歌箏曲」が心から大好きです。それは「音楽として」です。小さい頃からクラシックを身近に聴いてきたことや、高校時代にロックからプログレの方に音楽趣向が移ったことなどから、もともと「長い楽曲」「多様な曲調」には自然と慣れていました。高校時代に自身のバンド結成が失敗に終わり、独学で始めたギターの技術に限界を感じた時に僕を楽しませてくれたのが、少年時代から始めていて自分にとって最も「思い通り」に扱えた尺八という楽器であり、楽器屋で買った「古典ライブラリー」という三曲合奏のテープとの合奏練習でした。邦楽とは無縁の家庭で育ったにも関わらず、ここまで「地歌箏曲」が好きな自分という人間もいるということは、地歌箏曲には上記の「家元制度」や「教授産業」による保護的な生存過程はあったものの、高い「音楽的価値」があるからこそ今日まで伝えられてきたのだと確信しています。そしてまた、日本全国を見渡せば、たとえ小数派であるにせよ、こうした「地歌箏曲の音楽的価値」を感じてくれる人というのは、これからも絶対いるのではないかと考えています。僕たちがこれから目指すべきは、こうした「地歌箏曲の音楽的価値」を感じてくれる人に、しっかりと充実した情報や演奏活動をお届けし、多種多様な価値観が並存するこれからの時代の中で、たとえ少数派になりつつも「地歌箏曲を音楽として楽しんでいける環境」を構築し、ともに楽しんでいくことなのではないかと考えています。

ですからもう、「芸の囲い込み」とか、「流派や社中制度の維持」などに躍起になっているべき状況ではないと思うんですね。僕自身が伝統的な琴古流の教授体系の中で初傳から師範を頂くまで教育していただき、そのおかげで今の琴古流尺八の技術を勉強させていただいたことは、心から感謝していますし、幸運なことだったと思います。自分自身は伝統的な教授体系のあり方も好きだし憧れや尊敬の念も抱いていますので、本当はこうした伝統的な教授体系や演奏スタイルまるごと一式の保存・伝承が望ましいと考えていました。しかし、もはや邦楽界の人口減は「待ったなし」の様相ですし、日本全国規模で見ても本当に少数派になりつつある「地歌箏曲ファン」が充実した活動をしていけるためには、もう元来の地域に根ざした「三曲協会」の規模やくくりなどでは難しいということを、地方に移住してから痛感しています。そうした中で考え出したのが、インターネットで演奏動画を配信する「web演奏会」の取り組みや、動画公開やSNS上での交流から得ることができた心から信頼出来る音楽的同志「而今の会」の結成、というわけです。さらに最近、教授方式においても新しい取り組みを始め、ホームページ上で公開の運びとなりました。これから、本当に少数派になっていくであろう「地歌箏曲ファン」とともに、現代のこの状況の中でも純粋に「音楽として」地歌箏曲を心から楽しんでいきたいものだと、気持ちを新たにしている今日この頃です。