『古伝三曲』として、古典本曲の中でも宗教的に重要視されてきた3曲のうち、「霧海篪」「虚空」については、我が国に普化尺八をもたらした禅僧・覚心の高弟である寄竹(虚竹禅師)が修行行脚中、霊夢の中で聞いた妙音をもとに作った曲とされています。それに対して「虚霊」は「虚鈴」とも書き、覚心自身が普化尺八とともに、修行先の中国から持ち帰った最古の本曲とされています。
『虚鐸伝記』によれば、中国の唐代に「普化(ふけ)」という奇僧がおり、「鐸(たく)=鈴」を振りながら托鉢修行を行った、同時期にこの普化を慕って「張伯(ちょうはく)」という者が、「鐸」の音を模した管楽器を吹きながら付き従った、その張伯の子孫である張参が、中国に留学中の覚心と懇意となり、普化の「鐸」音を模した管楽器の楽曲を伝授した、これが「虚鈴(虚霊)」であるとされています。
この伝説の真偽のほどはさておき、歴史的に数ある本曲の中でも別格扱いを受けてきた重要曲であることは間違いなく、楽曲そのものも非常に凝った独特の技法や雰囲気を持っています。「虚霊」特有の技法としては「イキナヤシ」というものがあります。これは、「二四五のハ」と呼ばれる指使いのまま、乙・甲(第1・第2オクターブ)交互に往復する旋律なのですが、「二四五のハ」は乙と甲が1オクターブ以上(9度程度)離れているという特性があり、独特の雰囲気を作り出しています(この動画では6:20あたりから2回出てきます)。他にもコロコロ、打ち詰め、ユリ、突きユリ、ムライキなどたくさんの特殊奏法が登場する上、曲全体として禅味を帯び、確かに宗教的な要素の強い曲であるように感じられます。
「虚空」を地歌箏曲に例えて「八重衣」ならば、「虚霊」は「残月」に相当するのではないかと思うことがあります。技巧的に高度でありながらも、同時に精神面を要求される楽曲であり、曲の完成に年輪を要する曲のように思われます。自分の演奏には未熟さが目立ちますが、このweb演奏会の場をお借りして挑戦させていただきました。
琴古流本曲としては、初代黒沢琴古が19歳の時、長崎の虚無僧寺・正寿軒にて、一計子より「霧海篪鈴慕」「虚空」とともに伝授されています。
琴古流では、前吹(まえぶき=前奏曲)として「盤渉調(ばんしきちょう)」と呼ばれる、短い竹調べが奏される慣習があります。余談ですが、この「盤渉調」が、西園流や明暗対山派の「虚鈴」の原曲ではないかという説があります。さらに「盤渉調」は、「鹿の遠音」の前吹としても用いられることがあります。
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