2021年7月10日土曜日

フォームをリセット

 実家に帰って、久しぶりに姿見の前で練習する機会を得たのですが、2年程前に変えた尺八のフォームを元に戻すことにしました。尺八を縦に垂直に近く、つまり管尻を下ろしていたのから、以前のようにもう少し前方に斜めに構えるように直しました。なんだか、そっちの方が合っているみたいです。


琴古流は結構下向けに構える奏者が多いようなイメージがあり、都山出身・ネイティブ琴古ではない自分としてはそういうフォームに憧れがあった部分もあったのですが、色々な変遷を持つ自分の経歴は受け入れ、プレイアビリティを優先することにしました。


2021年5月30日日曜日

スマホホルダー


今までハイテクデバイスとは無縁だったうちのレガシィですが、昨日オートバックスにてシガーソケットに刺すタイプのスマホホルダーを見つけ、装着してしまいました。

今のiPhoneも買ってから3年が経ち、バッテリーが弱りかけているんですが、こちらは置いたら充電までしてくれる優れものです。「両面テープで貼る」とかはものすごく抵抗感あるんですが、痕も残らなくて充電まで出来、Googleマップなんかもナビがわりに活用できそうで…。一気に近代化しました。

なんせ、これまでの装備は、CD、MD、ラジオの純正オーディオのみでしたから。



 

2021年5月29日土曜日

ものすごく久々のオイル交換


…なんと、昨年9月22日(走行距離245000km)から8ヶ月以上もオイルを変えていませんでした…

オドメーターはもうすぐ25万キロ。

やはりコロナで走る距離が短くなっていたようです。「5000キロか半年に一回は交換」と言われているのに…

オイルフィルターも交換しました。やはりエンジンの回転が圧倒的にスムーズになりました。

2021年5月1日土曜日

中野信子氏著『ヒトは「いじめ」をやめられない』

 あらためて、中野信子氏著『ヒトは「いじめ」をやめられない』を読み返しました。要は、「いじめ」とはヒトが種を残していくための生存本能的なもので、異質な者を排除するのに、オキシトシン、セロトニン、ドーパミンなどの脳内物質(快楽ホルモン等)が関係しているというもの。実はいじめがなくならないのは「いじめる人の脳が快楽を感じているから」という、衝撃ながらも納得のいく事実が述べられています。

ネットのレビュー覧なんかでは、「こういう意見は危険だ」みたいなのもありましたが、僕はこの説は支持していますし、学校で働いている時にも科学的にそういうものだと捉えて対応しています。初めて読んでから数年が経ちますが、未だに「いや、やっぱこれ違うわ」とは全く思いません。時々、バラエティ番組とかで、しつけた愛犬があちこちに置いてある高級肉に釣られず飼い主の言う通りゴールを目指すかみたいなのがあり、大体の犬は本能に負けて食べて飼い主を泣かしたり怒らせたりしますが、犬が例えで悪いのですが、人間も結構そういうものだと思います。脳内の快楽物質がドバドバ出たら、簡単に理性が吹っ飛ぶというか。子どもに限った話ではなく、大人もみんなが一人をいじめていたら同調してやってしまってますよね。その時実は「脳内麻薬的な快楽物質」に支配されている可能性が高いんですよ…いやはや、恐ろしい…
僕は「いじめを回避」するためには、人間の脳の構造とはそういう物であるということを理性的に自覚し、脳内物質が出てそうな時に「おおっと!これはいかん、同調しないようにしよう…」と冷静に対処するしかないように思っています。
…で、なぜ今日この話題なのかというと、本の後半で「学校のいじめ」についての話題があり、要は学校のクラスなんかは同年齢の近似的な立場の集団なんだから、学業成績、容姿、運動神経…などで頭ひとつ抜け出したりしていたら妬みの対象になりやすいし、逆にそれらの観点で自分たちより劣るとみなされるといじめられやすいというのは、これはもうそういう集団なんだから必然だと。そもそも近代的な学校教育は戦前は軍隊向け、戦後は高度経済成長期の企業向けの画一的な粒揃いの人材育成のためのものであったわけで、新たな時代を生き抜く「個性伸張」が目的のはずの現代とは合わないのだから、これまでの学校教育の集団授業・出る杭は打たれる方式は改めた方がいいのでは、フリースクールなどのみならず、eラーニングの活用やベテラン教員の大量退職者活用、登校日は減らして学校に来ない日は家での学習など、検討してもいいのではと書かれてあります。この本が上梓されたのは2017年。コロナ騒動よりも3年も前に、こうした先見の明ある著作が刊行されていたわけです。
「学校の授業神話」はいまだにはびこり、訳の分からない「研究授業」とかいう「研究」でもなんでもない、結論の出きっていることを、「学習指導案」とかいう紙を書き、黒板への張り物やヘンテコなグッズを大量に作り、生徒には圧をかけて言うことを聞かせるようにしこみ、…という狂った「ショー」「宗教」がまだ続いていますが、文科省や教育学部の洗脳からそろそろ目を覚まし、もうちょっと冷静に考えた方がいいよねとあらためて感じました。
いや、こういう話、職員室なんかでもまわりの先生達に言ってるんですよ。でも、、、中々分かってもらえない…



2021年4月29日木曜日

BG型レガシィ

 おおっ!!

BG型レガシィ がいました!
90年代半ばでしょうか?
ナンバーは二桁でした。ひょっとして、ワンオーナー車かも…
いいですね!



2021年4月18日日曜日

スーツ通勤にさよならを…

 兵庫県から福岡に戻って以来、9年間続けてきた「毎日背広でお仕事」を、この度やめてみました。

兵庫県尼崎市では平服で仕事をしていたのですが、帰福して毎日背広(この言い方からして昭和ですよね…、要するに、スーツ)にチェンジした理由は、オンオフの気持ちを服装でしていた面とか、まあ姿だけは?ちゃんとしているように見えるとか、参観日や式典などだけ服装や態度を変えるのがイヤでそれだったら毎日「仕事着」としてスーツにしたとか、色々理由がありました。「ジーンズとウエストポーチ」みたいなのも嫌いでしたし、特に前任校は児童が制服だったのでこちらもきちんとしたかったのもありました。
…まあ、そんなこんなで9年間が過ぎたのですが、問題は「結構すぐ破れる」ということ。小学校教員はあれこれ動き回るし、膝をついて拭き掃除するし、まずズボンからダメになって行くんですよね。「洗えるスーツ」を買っていたんですが、2本セットのズボンが両方ダメになって、ズボンだけ買い足した結果、途中から上下のコンビネーションが違うものになっていました。上のボタンもよく取れて、生徒が給食食べてる間に裁縫道具出して縫っていました。最近はそでの先端もほつれてきて…見るも無惨な姿に…
で、しかも、服としていいものならともかく、ペットボトルを再生した繊維で、なんでこんなに高いんだろう、みたいなですね。しかも、結構身体を制限して固めてしまう形状。
で、実は妻からの説得もあって、「オールmont-bell」で揃え、儀式的行事などの日以外は全てmont-bell服にしています。mont-bellは値段は結構するのですが、繊維が高性能な上に強靭で、数年使っても全然やぶれが来ないし、万が一亀裂が入っても破れが広がらないんですよね。しかも、透湿性が高く、速乾性で、着心地も良く動きやすい。一日中働いた後に、疲れが全然違います。もう、40歳目前で、疲労の蓄積や体調管理など気を遣った方が良さそうですし。最終的にコストパフォーマンスが良いのではないかと。
僕自身「背広で仕事」に愛着があったのは事実で、それを変えるのにはかなりの抵抗感もあったのですが、折角の転勤というのも何か変わるのに良いきっかけだと相当思い切ってやってみましたが、どうやらいい選択だったようです。スーツ一式は急な必要に迫られた時用に、学校のロッカーに置いています。



2021年4月8日木曜日

クラッチペダルのゴム交換完了

 ペダルのゴムカバーが届いたので、付け替えました!

クラッチペダルだけ、新しい…
部品代は280円也でした。







2021年3月31日水曜日

伊藤かずえさんのシーマ

 遂にレストアなさるそうです。

https://autoc-one.jp/news/5010081/?fbclid=IwAR0U9KLjCTKitrsVt_gpic1EIhD69bhkUaYUQF-LORqx0cCNXLziiLZ15vs

僕のレガシィも、長く乗り続けて、いつかキレイにしたい…。ちなみに僕のは現在24万8000キロです。



岐阜市に「不登校児専門公立中」開校

 「…大人は、時間割も、教室も、担任の先生も、9教科も、よかれと思って子どもたちに与えます。子どもたちに必要だと思うから与えるのです。

でもこれを子どもたち自身が自分で選べるチャンスというのは、どうすれば作ることができるのか。みんな同じように同じペースで学ばないといけない、これができることが、大人になるために必要だと大人は考えます。そのためには我慢をしないといけないし、耐えなければならない。

しかし、本当にそうでしょうか。我慢して、耐えることだけが、子どもたちに必要なことで、これを6・3・3の12年間、さらに4年間足して16年間耐え続けられた人だけが大人になれるのでしょうか。
私は、そうでない場所、を作ることが大事だと思います。…」


公立の中学で、このようなコンセプト・スタンスの学校が開校されたというのは、実に注目すべきだと思います。今のシステムは行き詰まりを見せていると、常日頃感じます。固定観念を取り払い、広い視点で判断し、仕事をしていける新年度を目指して行きたいです。

2021年3月14日日曜日

クラッチペダルのゴム

 現在、レガシィの走行距離24万7900あたりですが、クラッチペダルのゴムが削れて外れかけて来ました。これで2回目です。クラッチはちょっと重め?のクルマなので、結構力入れて踏みますもんね…

確かゴム部分が数百円くらいの部品だったような気がするので、今度スバルで変えてもらおうと思います。



2021年3月3日水曜日

小5国語の教科書、新旧比較





左は平成8年版。僕が子どもの頃に使っていたのは、ちょうどこんな感じでした。小さくて薄くて軽いし、物語文の後の「勉強」的な感じのところはおまけ程度にちょろっとでした。こんなもんでしたよね。





右は令和2年版。横の長さはA4、縦の長さはB 5という、変則的な横広サイズ(他教科もこのサイズで、ランドセルの幅がA4でないと入らない…)で、太さが極太!!めちゃ重いです。


なんと、以前のように上下に分かれていない通年もの。また、やたらめったらカラーページで、あれこれ「ユニバーサルデザイン」てんこ盛りで、子どもの顔に吹き出しが書いてあったり、話し合いの模様が再現されてあったり…、と至れり尽くせり?もう、やりすぎじゃない??


僕は、ユニバーサルデザインのやりすぎは、脳を退化させるのではないかと考えています。考えたり間違ったりする機会が失われて、「ねらいどおり」の思考しか産まないような感じというか。デザインした側の「意図」の通りにしかなりようが無いようにしてるというか。所謂「研究授業」も「教師の意図通り」に子どもが理解・発表しないと「失敗」になりますしね…




こういう訳の分からないのも、所詮「流行」なので、そのうち廃れるでしょう。

2021年2月21日日曜日

熊本の製管師、利道道仁(りどうどうじん)師について

先日、欧州のFacebookグループ「Shakuhachi Makers Hanko」というコミュニティに参加させて頂く機会を得ました。これは、尺八製管師の焼き印の写真を持ち寄り、情報交換しようという趣旨でしたので、僕も吹料の利道道仁管の焼印や全体写真、自分の知っている範囲内での情報などを提供させて頂きました。そんななかで、欧州でも道仁管を持っておられる方がおられることも知り、楽しく交流させて頂きました。


そこで文章作成中に気付いたのですが、この道仁管も受け取って吹き始めてから、はや9年、利道さんが亡くなってからも5年以上が経過し、自分ももうすぐ40と考えると、これ以上記憶が薄らいで行く前に忘備録としてホームページ、ブログ、Facebook等に詳細を記録しておく必要性を感じ、今回ペンを取った次第です。すでに記憶が曖昧な所がありますが




利道道仁(1953?~2015.3

・本名、則行

・熊本県阿蘇郡高森町生まれ。

・父君は竹刀を作る職人だったという。若かりし頃、竹材を採取していた阿蘇で「120年に一度咲き、その後は枯れる」と言われた竹の花が咲き、そして枯れてしまったため、真竹を原材料とする竹刀の制作継続が難しくなった。別の職を求めて大阪へ。

・大阪で尺八と出会う。竹刀との「真竹」繋がりで興味を持たれたとのこと。内部構造を調べるため、試しに縦に割って観察の後接着したところ、音が出なくなってしまったという。その面白さに興味を惹かれ、尺八作りの道を志す。

・当時、大阪は玉井竹仙師の全盛期で、沢山の弟子も抱え、大量に生産していた時期だった。利道師は玉井竹仙の門人となったわけではないが、その作りを参考にして製管技術を会得したとのこと。

・熊本に帰り、工房を開く。当時は民謡尺八も全盛期だったため、尺寸の違う大量の尺八を必要とする民謡の尺八奏者らが購入していた模様。

・一時期、永廣真山師の下請けもやっていたとのこと(同師の受注が莫大だった頃)。

・吹奏の方は、阿蘇の美風会(吉田晴風系統の社中)で習ったため、琴古流の演奏を行った。ただし、人前ではあがり症のため、舞台等は辞退していた。製管は琴古管も都山管も両方行った。

・尺八は標準管、本曲用、新曲用の三種類を制作。本曲用は標準管に比べて内径が太め、新曲用は細めとのこと。自分は本曲用をオーダーしましたが、本曲の技法には適する代わりに、細かいパッセージのプレイアビリティには劣ると念押しされました。

2015年3月没。享年62歳。


About Mr.利道道仁(Ridoh Dojin

19532015

Born in Kumamoto Aso Takamori.

His father is “Shinai” Kendo bamboo sword craftsman.

In his youth, bamboo blossomed, and later withered. So he tried to go to another profession.

He went to Osaka, and wet Shakuhachi.

At that time, Tamai Chikusen(玉井竹仙)was working, and teaching to lots of students. He wasn’t Chikusen’s student, but referred to him and his students.

He went back to Kumamoto, and opened his workshop.

For a while, he made Shakuhachi as Nagahiro Shinzan(永廣真山)‘s subcontractor, I heard.

He learned Shakuhachi in Bifukai(美風会)which is group of Yoshida Seifu(吉田晴風), so his play style is Kinko. He made both Kinko and Tozan instruments.

He died at the age of 62, in March 2015.





2021年2月14日日曜日

外曲リハビリシリーズ1 大内山

2019〜2020年頃のスランプ期、1年間ほど毎日「一二三鉢返調」しか吹かなかった(吹けなかった)ことから、「外曲が吹けない!」「息が続かない!」「苦しくて曲を通せない…」と散々なコンディションに。「これはもう、リハビリしかない!」と2021年の年明けより、外曲を初傳曲から地道に稽古を始めました。黒髪、六段、八千代獅子と進み、4曲目に取り組んだのがこの「大内山」。

コロナ禍において、世界中で演奏活動が制限される中、様々なミュージシャンが工夫して演奏配信などの活動に取り組んでおられます。当方の取り組みはそんな諸活動とは比べ物にならないほどの地味な、というか全く個人的なリハビリなのですが、「人様に聴いて頂く」のを励みに続けていくというのもモチベーションに繋がるかと思い、この「大内山」から(これまでの3曲はすでに上げたことがありますので)稽古の仕上げを撮影してアップしてみることに致しました。
以下のような設定で、この「外曲リハビリシリーズ」をやっていこうと考えております。
・初傳曲から、お習いした順に練習し、稽古の仕上げを撮影する。
・平服で演奏、「継続」を目標に。マイペースで行きます。
・掛け合いの所は、尺八の方を演奏。
・演奏会、温習会等で合奏したことがない曲も演奏します(この「大内山」もそうです)。所謂「尺八素吹き」であり、歌や糸の手を了解せずに吹いている曲に関しては「そういうもの」ということで…。「日本人が、中国語が解らなくても漢文を訓み下している」みたいなことです。
外曲の練習を始めて改めて気付きましたが、本曲に比べて外曲は音の変化、フレーズの多様性に富み、楽器の表現力向上という観点で見ると、非常に有効ですね。実に当たり前の話ですが。尺八本曲は「尺八をやって気持ちよく感じる」ように作曲されていますが、外曲は「三絃や箏の旋律や音階に寄り添う」必要から、尺八本来の技巧以外のものを「無理に行う」からでしょう。
ゆる〜くやっていきますので、今後ともどうぞよろしくお願い致します。
大内山:箏曲。手事物形式の明治新曲。高野茂作曲。高崎正風作詞。1892年(明治25)3月7日の明治天皇銀婚式を祝して作曲された。手事は二段からなり、各段同拍で段合せが可能。のちに松坂春栄によって手事部の増補がなされた。雲井調子(第一弦と第七弦を同音)
※明治天皇の銀婚式のお祝いをお喜び申し上げた曲で、天皇、皇后両陛下のいつも御睦じく、千代に栄えまさんことをうたっている。作曲者高野茂は当時華族女学校(後の女子学習院)箏曲科の教師、作詞者高崎正風は当時宮中御歌掛、後に宮内省御歌所々長となる。
※明治新曲:当道制が解体した明治期になって、新たに作曲された改良唱歌運動に基づく新調弦、新形式の箏曲をいう。主として歌詞は、天皇の御製や皇族の御歌を用いたもの、あるいは「御歌会始」の勅題にちなむ内容のもの、道徳的で教育的な内容のものなどが中心となり、遊女や遊里を歌った歌詞は避けられるようになった。また箏は高低二部合奏の形態をとり、左手を使用した重音奏法と、明清楽などの影響を受けた半音の入らない五音音階である陽音階の使用などが特色である。
大内山  高野茂作曲、高崎正風作詞
大内山の山松に、若紫の藤の花、かかりし春を数ふれば、はたとせ余りいつもいつも、常磐の影も濃(こま)やかに、ゆかりの色の麗はしく、栄えましけりかくながら、仰ぎまつらん万代に、めぐる月日の限りなく、いや栄えませ諸共に、めぐる月日も限りなく、いや栄えませ諸共に


2021年1月1日金曜日

新年あけましておめでとうございます。

昨年(令和2年、2020)は、世情はもとより、自分自身、公私ともに余裕なく、演奏を発信することが中々出来ない一年でした。久しぶりに演奏を撮ってみましたが、「人様に向けて演奏させて頂く」ことのありがたさを実感致しましたところです。本年は、少しずつ、自分のペースではありますが、また演奏公開を徐々にして行けたらなと思っております。今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。